L.O.S
 [3]






「いた!…く、ない……?」
あれ、あれれれれ……。恐る恐る目を開ける。
「あ、あなた…」
マニアが名前を言う前に、目の前のメイドたちが一様に頭をさげた。
「申し訳ございません王子様!」
マニアもその周りのリアクションを見て、とっさに頭を下げた。
「も、もうしわけございません!!このようなお見苦しい所を…」
ティオール…、いや、王子は、辺りを見まわし、こういった。
「城の様子を観察しにと、来てみたのだが…、何事だ…?」
王子はあの、高飛車女達に目を向けた。見れば、頭を下げていないのは女達だけだ。
「王子様!何故この女など連れてきたのですか。このみすぼらしい奇抜な服!ああ、なんと汚らわしいっ」
――みすぼらしい奇抜な服…。これが?マニアは自分の服を改めてみた。
――あ…。――
マニアはやっと気づいた。これパジャマじゃん。
そういや、締切ぎりぎりだったから、ずっとこれ着てたんだ。マニアは、もはや遠い昔のような、自分がもといた世界のことを思い出した。
しかも、イチゴ柄かよ…。終わってるし。
マニアがそんな思考をめぐらせている間、話は進行していた。
「何事かと、聞いておるのだ。この女のことを聞いておるのではない」
「しかし、王子―」
「黙れ!メイドの分際で、私に反論する気か!まず私の質問に答えろ。お前の話はそれからだ」
ティオールは、高飛車女達を、きっと睨みつけた。
女たちはだんまりを決め込んだ。水を打ったように辺りは静かになる。
マニアは未だにイチゴ柄にいじけていた。―ああ、親にも見られたことないのに!
「――あ、あのう…」
ようやく一人が口をひらいた。グレイシアだ。
「み、みなさんが、あの…マニアさんを新入りといっていじめてたんです・・・」
最後の方はもうかろうじて聞えるほどの声だった。が、ティオにはしっかり聞こえた。
「よくいってくれた。今回は不問に処す。しかし―お前達、次が許されるとおもうなよ?」
メイドたちは深々と頭を下げる。内心このくそマニア…と思いながら。
そしてようやくマニアの意識も戻ってきたようだった。
見れば、あの高飛車女達は、へなへなと力のない顔をしている。
ティオールが撃退したのだ。ざまあみろ―マニアは内心そう思っていた。
メイド達は、(あの女達以外は)ああ、冷や冷やした、迷惑かけやがって、という顔で、作業に戻っていった。
それを見送った後、奥からメイド長が、ズンズンとやってきた。
「全く、とんだ迷惑かけてくれたもんだよ!ほら、あんた達も、さっさと仕事に戻りな!!」
女達は、ヒィッ、と声を上げ、通路の方へと飛んでいった。
それから、メイド長は何かを、投げつけるようにしてマニアに渡した。
「それには、この城の規律が書かれている。兵士が渡し忘れたからって、王子様がついでにと、直々に渡してくれてたんだ。感謝しな」
「全く、王子様に無駄な労力を…」
そうメイド長はぶつぶつ言いながら帰っていった。
巻物には、封がされてあったが、あけられた後がある。
「なによ、全く…」マニアはぼそっと、呟いた。
乱暴に巻物をひらいた。 あたりまえのようなことが書いてある。
例えば身分は絶対であるや、消灯時間。メイドの心得。
「まるでファンタジーの世界ね」
ファンタジーなんですよ。と突っ込んでくれるような奴はいなかった。
そもそもこれは現実であり、マニアにとっては異世界であっても、彼らにとったらマニアのほうが異邦人だ。
「―それにしてもこの心得…」
ひとつだけ最後のほうに、冗談かよ!といいたくなるようなものがあった。それは…。
一、城内で自殺しない事。戦乱内においてはともかく、城を血でけがらわす事は、許されぬ事である。
こんな自殺するななんて普通のことを…?
ていうか、その理由がしっくりこないんだけど。
つーか、自殺する奴いるんだ…、…冗談にならないよこれ!!どれだけひどい所何だっ。ここは!
「…自殺、よくあることなの」
「ぐ、グレイシアちゃん…?」
「ほら、メイドたちがあんな調子だから…。わたしも、あなたがこなきゃ…死んでた、と思う」
グレイシアがわらわらと泣き出す。マニアに抱きついて「来てくれてありがとう」といった。
どうしよう。いま抱きしめ返したらかえりたくなくなってしまう。―その帰り方はまだわからないのだが。
「王子様はね、かわいそうな人なの。メイドたちにね、婚約者を自殺においこまれちゃって…」
「・・・え」
「マニアさん、似てるの。自殺したアマリアさんに」
「ア、マリア…?」
「そう・・・話しかたも、笑い方も…優しいのも。全部、似てる」
「ちょ、ちょっとまって…グレイシアちゃん、なんでそれ知ってるの?」
とても王子の近くにいるようには思えない。あの部屋、”普通”のメイド服。じゃあここまで知っている一体彼女は…?
「…それは…。」
グレイシアは、何か言いかけたが、突然顔色が悪くなり、うずくまってしまった。
「グ、グレイシアちゃん!?…いいわ、無理しないでいいのよ、掃除を続けましょう」
グレイシアは、うん、と頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
しばらく顔は青白いままで、何だかマニア申し訳ない気分だった。


あっという間に、夜になった。
マニアとグレイシアの二人は、薄っぺらい布団にくるまっていた。
部屋は、ある程度掃除したが、それでもまだ埃っぽい。
「明日からは、本格的に、メイドの仕事に入ります・・・」グレイシアは言った。
「それじゃあ、おやすみなさ「あ、ちょっと待って!」マニアは思わず叫んだ。
「ど、どうしたんですか・・・?」
「まだ言ってなかったわね・・・。昼に私のことかばってくれて、ありがとう・・・。」
「・・・、いえ、もとはと言えば、私が原因ですから・・・」
「おやすみなさい」グレイシアはそう言うと、布団にもぐっていった。
「・・・」マニアは、まだ寝つけそうになかった。
マニアの頭の中で、悶々といろんな事が巡っていた。
やっぱり、グレイシアちゃんの話と、グレイシアちゃん自身のことが気になる。
婚約者を殺されたー?アイツがー?マニアはティオールの顔を思い出しながら、思った。
その人が私に似てる・・・。だいたい、どうしてグレイシアちゃんがそのことを知ってるの?
そもそも、この世界は何なのだろう・・・。正直、自分の適応能力に、すごくびっくりしているのだが。
そんな事を繰り返し考えている中、何かがボウッと、燃える音がした。
「!?」
マニアは思わず飛び起きた。ぼろぼろの木の机の上で、メイド長からもらった、規律書が、宙で燃えていた。
声を上げようとするが、全く声にならない。
それは青白い炎となり、やがて、文字を形作った。
“いつか迎えに来る。それまで待ってろ”
「!!!」炎は消えた。マニアはただ、呆然とするしかなかった。
“―――俺はお前を―――だからアマリア、――”
「っ!」
脳裏に電気が走ったように、なにかが走りぬけた。この声をしっている。ティオールだ。なぜ、なぜ聞えた?
まるで、元からあった記憶が、目覚めたかのように――。
「迎えに来るって……」
とんでもないことに巻き込まれている。そしてそのキーはグレイシアか、王子にある。そして自分は、なにか重要なことを忘れている可能性がある。
「はぁ…どうなってるのよ…」
マニアはぱたんと布団に転がった。もう寝よう。寝てしまおう。
「……」
マニアの寝息を確かめるようにゆっくりと、グレイシアの目が開く。最初から寝てはいなかった。
「…ごめんなさい…」
まるで神にすがりつくように祈った。グレイシアの目からひとつぶ涙が流れ落ちる。
遠くのほうでふくろうのなく声がした。まるで、逃げられない定めを知らせるかのように。












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