L.O.S
 [4]






朝。小さな窓から、日の光がもれてきた。
眠気すっきり、超快調!!・・・、といきたい所だが、あいにく、昨日の一件でなんとなく調子が悪い。
「・・・大丈夫ですか・・・?」グレイシアがすっと囁いた。
「大丈夫、大丈夫・・・。私、もともと眠り浅いから・・・。」
「うふっ、さあっ!!今日もビシッと働くよっ!!」
メイド長の声が部屋に響き渡る。ねっとりとした声は変わらない。
「はいっ、マザー様!」
メイドたちがいっせいに返事をした。
ここはメイド専用の集会所。朝はみなここに集まり、マザーからの連絡ごとなどを聞く。
「マザーに近い人、服がきれいな人は、位が高いんです。下は掃除や雑用、中は調理係や庭仕事、上は接客やお茶運びです」
「それで、私達はその下ってわけね」
マニアはグレイシアに確認した。
「そうです。さあ、まずは地下通路に向かいましょう」


とりあえず気分のいい場所ではないだろう。そう覚悟して地下通路にきたが、予想的中。
「――すごい、匂いね」
「…鼻で、息をしないほうがいいです…吸うとしばらく嗅覚がまひしますから」
なんというか、野菜の腐ったような匂いと言うか、カレーを何ヶ月も放置しておいた匂いというか…。素晴らしいとしかいえない。
―わたし、なんでここにいるんだろう…。思わずそういいたくなるような場所だ。
「あ、気をつけて。そこ、大きな穴が!」
「うぎゃあ!!!」
グレイシアの声は一足遅かった。マニアの片足がどっぷり穴につかっている。その穴からはヘドロが沸いてでていて、気持ち悪い。
「ご、ごめん・・グレイシアちゃん。ちょっと引っ張って…」
…前途多難だ。
   「ね"え、思ったんだけど…」
マニアが話しかけた。もちろん鼻で息をせずに口から呼吸を行っているので、話すのは少々きつい。
「何ですか?」
二人はモップを片手にせっせと掃除をおこなっていた。何年も放置されていたのだろう。コケもある。元の世界でもある意味有名だったあの“AMAZU”に似ているイラストの落書きもあった。思わぬところで共通点が見つかるものである。
「もしかして、これ新人いびりのひとつ?」
「――ええ、まぁ…そういうことです」
いいずらそうにグレイシアが言葉を紡ぐ。
「はぁ…どこの世界も女はこれだからいや」
はぁ、とどちらともなく溜息をついた。
「まあ、大丈夫ですよ、私達と同じエプロンの人は皆、最初は地下通路の掃除ですし」
「・・・でもこの汚れようは、他とはちょっと違うんじゃない?」
「・・・確かに、そうかもしれません」グレイシアは言葉に詰まって、うな垂れた。
「でも、他のメイドさん達もたくさんいるから、大丈夫ですよ。いくらなんでも広すぎるので、曲がり角と、曲がり角の間をやれば、いいことになってますんで」
グレイシアはあわてて説明した。
「曲がり角、って・・・」
暗くて両方とも先が見えない。
「・・・、全く、まるでファンタジー版大奥だわ」
「おおおく・・・?」グレイシアはきょとんとした顔をした。
「いやっ、いいの、独り言!さあ、続きをやりましょ!!」マニアはモップを床にこすりつけた。
二人が再び地上にもどってきたのは、3時間後の事だった。
「次は、トイレ掃除です」
「それって、何箇所あるの」
「二十箇所で、便器の数は各30ぐらいです」
マニアは外に出て、城の大きさを確かめた。でかい。とてつもなくでかい。
でかい=広い=移動する距離が長い=疲れる。
マニアはめまいがしてきた。


「ふう・・・」
やっとだ。やっと終わった。エレベストに上るより大変なんじゃないか、というくらいに城は広かった。
「お疲れ様です」
「ええ、そうね…」
ぎゅるるるる…。うわ、とマニアが咄嗟にお腹を押さえるが、無情にも主人の体を無視して暫く鳴る。
「……ちょ、ちょっとお腹がすいたみたい」
「もうすぐですよ。あと30分ほどで食事の時間になります」
二人は自室に戻ろうと城の中を歩いていた。行きかうメイドが好機の目でマニアを見ていく。
―うわぁ・・・見られてる
「しょうがない事なんです。…みなさん、飢えてるから」
グレイシアは話題に飢えているといいたかったのだろう。しかし聞き方間違えば危ない。一瞬食われるかとおもってドキリとしたマニアだった。
「そ、そうね…なんせ広いといっても所詮城。話題もつきるわね!」
ふたりは曲がり角を曲がろうとした。ぼん、グレイシアの方を見ていたマニアは何かにぶつかった。
「あ、あなたは――…」
それは、金髪で藍色の目をした、いかにも貴族、と言う感じの男だった。
見たことがない、だが、どこかであったような・・・。
その時、マニアはハッ、と我に返り、その場にひれ伏した。
「すいませんっ!!私のようなものがぶつかるなど・・・。申し訳ございません!」
言ってて、自分が悲しくなっていた。日本では、一生このようなことはなかっただろう。ひれ伏すなど。
「・・・お勤めご苦労、だが、気を抜くでないぞ」
男は、そういうと去っていった。見ると、周りに護衛をつけている。
「・・・はいっ!!」
二人は頭を下げた。男が行った後、グレイシアはつぶやいた。「あの方は―・・・」
「え?」
「あの方は、ヴェザール国の第二王子、グラド様です。・・・城内に足を踏み入れるのは、何年ぶりか」
「・・・ねえ、王子って、ティオール・・・、様だけじゃないの?」マニアは聞いた。
「ティオール様は第三王子です。ヴェザール王は、男子を三人、儲けています・・・」
「へえ・・・」マニアはグレイシアの顔を見た。とてもびっくりしような顔だ。普通ではない。
グレイシアはハッと意識を取り戻し、マニアに言った。
「そういえばマニアさん・・・、お腹は?」
「あっ、そうだった!ご飯とりに行かなきゃ!」


「……ここも大奥か…」
身分の差をここまで見せ付けてくれるとは。たかがメイド、されどメイドだ。
「新入り、あんたグラド様にぶつかったんだってぇ?え?」
―どこまで暇なんだ、こいつら。
「ええ、わたしのミスで・・。」
「あんた、何様のつもり?」
昨日の高飛車女を思い出すような女だった。もしかしたら姉妹かもしれない。よくみると、顔中に散らばるそばかすが同じなのだ。
「何様……メイド様?」
「そういうことをいってんじゃないよあたしは!この男好き!」
別の女も会話に入ってきた。ニタニタと薄気味わるい笑顔だ。この城のメイドはどいつもこいつもろくな笑顔をしていない。
「次男のグラドさまに、三男のティオールさま!お次は長男ルシファルさまってかい?」
「鏡みて見直しな!」
「エイミ、そりゃかわいそうさ。この新入りは鏡なんて買えないだろう?地下のドブでも鏡がわりにすればいいのさ」
女たちの醜態が、その部屋のなかに充満していた。マニアはせっかくの料理も味すら感じない。ただのゴムでもたべているような気分だ。
はぁ…。


その後マザー様こと、メイド長が来なければ、あのままゴム味の料理を食べるところだった。
マニアは憔悴している。グレイシアも先ほどから、ひとことも喋らない。
布団に横たわると、一気に疲れがおしよせてきた。
「おや・・・すみ・・・グレイシアちゃ・・・ん」
そういってぐっすりと眠りについたマニアをながめてグレイシアは、マニアに顔を近づけてじっくりと観察した。
「似てるどころじゃない…まったく、一緒…」
やがてグレイシアも眠りについた。夜はふけていった。


“いつか迎えに来る。それまで待ってろ”
待ってほしいのはこっちよ、勝手にどこ行っちゃうの――
ティオールは霞の向こうへ走っていった。誰かと口論しているようだ。背の高い―、長い金髪の男と、何か話している。
そして、かたわらには、グラド王子が立っていた。グラド王子は、そのままどこかへ去ってしまった。
――ちょっと待ってよ、仲間割れ?なにやってんの!?私はどうなるの!?――
その時、目が覚めた。全身、汗でびっしょりだ。
グレイシアは、まだ寝ている。どうやら、日が明けたばかりらしい。
マニアは頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。なんで、王子の夢なんか見たんだろう。
“この男好き!”
あの、醜い女達の一人の台詞が、いきなり頭に浮かんできた。
違う違う違う!私は男好きなんかじゃあないっ!洗脳されてたまるものかっ!
その時、マニアはフッと思った。そういえばもう一人の男の人・・・。
誰だったんだろう・・・・。
「・・・早いですね、起きるの」
マニアが振り向くと、グレイシアが寝ぼけた目をこすっていた。
「ご、ごめんっ!起こしちゃったね・・・。」マニアはあわてて言った。
―いつか迎えに来る―
早く来いよー、昨日の惨劇を思い出すと、マニアはそう思わずにいられなくなった。












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