L.O.S
 [5]






「おはようございます、マザー様!」
今日も朝から、メイドの朝会にでることから始まった。
不幸なことに、今日は単独作業の様。
グレイシアが申し訳なさそうに「今日は用があって、実家に帰らなきゃいけないんです…」と言い出したからだ。
「わたしのことは気にしないで!大丈夫、わたしよく図太いって言われるから」
それでも何度も申し訳なさそうに、グレイシアはマニアを振り返りながら城を後にしていった。
「はぁ、やりますか…」
地下掃除に始まり、トイレ掃除に終わる。毎日この運動ならば、ダイエットも夢ではない。
そして一人は、あまりに心細いことに気がついた。
「はぁ、明日はグレイシアちゃん帰ってくるかしら」
一日はつまらないままに、終わろうとしていた。布団をととのえながら、溜息をつく。
その時だった。トントントン、と扉を叩く音がする。
「はい、どなた様でしょうか」
「俺、俺」
「あの、どちら様でしょう?」
「だから、俺」
埒が明かないので扉を開けた。そこには一人の執事らしき男。
「あの、何か御用で?」
はぁ、と男は溜息をつく。―初対面でため息とは、失礼すぎやしないか?
「わからないか・・・俺だよ。ティオール」
―わからないわよ!
と思わず叫びたくなるほど、ティオール王子の変装はすばらしかった。すこし冷静になると、声が彼そのままだ。
「ま、いい。マニア、ついてこい」
すごい―。
マニアは素直にそう思った。誰一人ティオールを、ティオールと気づかないのだ。
誰も頭を下げない。彼らの目には、マニアと同じく、執事にしか見えないのだ。
ティオールはふり返って、にやりと、いたずらっ子のような顔で笑った。
「どうだ、俺の変装は。似合うだろう」
「似合うだろう、じゃないわよ。何よ、あんなとこにぶちこんどいて。それで待ってろ、なんて!」
「まあ、ちょちょいと魔法を使えば、こんなもんよ」
「・・・」
相手の話はスルーかよ。
「まあ、いいだろ。のっぱらに放り出されるよりも、ある程度働きゃ飯と寝床つきなんだ。ずっとマシだろう」
「・・・どうだろうね・・・。で、これからどうするつもり?」
マニアはティオールに問いかけた。
「ん、それだ。俺達は今日のうちに、この城を出る」
「!!!」
マニアの顔に、ビックリマークが浮かんだ。
「何それ、急じゃない!!」
「なんだ、まとめる荷物でもあるのか?」
「……」そんなものないに決まってるじゃないか。 「それに、“俺達”っていうのは、俺とお前だけじゃない。グレイシアもだ。あいつはどこにいる?」
「…え?」
ティオールも、グレイシアちゃんのことを―?
ますますわからなくなってきた。問いかけたい気分だが、またスルーされそうな気がする。
「…あの子は、今実家に…」
言い終わらないうちに、ティオールの顔色が変わった。
「…そうか…。作戦変更だ。脱走は今日の深夜にする」
「ちょ、ちょっとまって!」
どうしても、聞いておかなくては、と思った。
「ん。なんだ?」
「――教えて。グレイシアちゃんは、一体何者?」
ティオールの顔がいきなり変わった。そして、困っているのか、戸惑っているのか…曖昧に彼は表情をつくる。
「何者って言われてもな…ただのメイ「隠さないで。わたしだって子供じゃないの。嘘くらい、見抜ける」
ふう、とティオールは溜息をついた。そして、重い口を開く。―これで、やっと謎が解ける。
マニアはティオールの言葉を待った。。
「王子ーーーー!!!!!王子が脱走したぞーーー!!!探せ。まだきっと城の中にいる!!!」
それなのに、突然きこえた叫び声に期待は消えた。
「やばい、ほら、走るぞ」
「ちょ、ちょっと」
ティオがマニアの腕を引っ張って走るので言いたい事も言えずにそのまま逃げることになった。執事やメイド、庭師までもがティオール王子探索に駆り出されている。
「ああもう!っもっとましな脱走の仕方はないわけ?!」
「はいはい、それにしても、お前トロいな」
その時マニアの体がフッと持ち上がった。「・・・」
マニアの体は、ティオの肩の上に乗っかっていた。
「ちょっと!!こういう場合お姫様抱っこでしょっ!ああっ、もう、もうちょっと気ぃきかないの!?」
「こんな時にんな事できるかよっ!!それとも何だ、してほしかったのか!?」
ティオはマニアを支えていない方の手で、ぶつぶつと何か囁きながら、スっと足の方に手をふった。
「!?!」
ティオの走りがいきなり早くなり、あっという間に、追っ手をまいてしまう。
「うああああああああああああ!!」
その間中、マニアはとても女とは思えない声で、叫び声をあげていた。


  「ん。まあこんな所か」
「こんな所じゃないっ!何なの今の!?」
マニアはバラバラになった髪の毛を整えながら言った。
「そんな驚くなよ、ちょっと魔法使っただけだろ」
魔法・・・、そうか、そんなものもあるのか。もう、マニアはちょっとした事で、驚かなくなってきた。
「よし、グレイシアの所へ行くぞ」
「えっ!どうやってよ!?」
「馬鹿。アイツは城の外に出ちゃいねえよ。そもそも、実家何てあるわけがない」
「…そ、そうなの!?」
マニアは驚くことばかりだった。一方ティオは冷静に、何か考えている。
「まあ、少なくとも、俺達に面倒かけないように、一人で外に出るつもりだ」
「…だとしたら…、あそこだな」

「あそこって…」
「まあ、すぐにわかるさ。誰も近づかない、とっておきの抜け穴があるからな」
ティオは軽快な足取りでどこかへ向かっていた。―この道を知っているような気がする。
「もしかして」
…もしかして。 「ん?」
「地下通路?」 あそこは酷い。とてもじゃないが行きたいとは思わない場所だ。そして一緒に仕事にあたっていたメイドたちも奥まではよりつかなかった気がする。だから、あそこなら―
「お。ご名答。ま、あそこはちょっと、酷いからな」
地下通路につづく階段を下りていく。幸運なことに、誰も気づいていないようだ。
「グレイシアちゃん?いる?」
相変わらずティオに走らせたまま、その上でマニアはグレイシアに呼びかけた。
………。
返事はない。
正確には、グレイシアの、返事がだった。
「――やっぱり、ここにいた」
ふたりが地下通路のさらに奥に入ったところだった。ぐったりとしたグレイシアがそこにいた。そしてその横に――
「・・・兄さん!!!」
グレイシアの横には、ヴェザール家の次男、グラド王子がいた。
「・・・戻ってたのか・・・、兄さん・・・」
「・・・久しぶりだな」
グレイシアはすみで縮こまっていた。
だが、危害を加えられた様子はない。
「出ていくのだな、ティオール」グラドは静かな声でそう言った。
「ああ・・・」ティオはいつになく暗い声で、返事をした。
・・・何この兄弟。ていうか、空気が重過ぎて耐えられない・・・。
マニアは一人呆然と、立ち尽くしていた。
「通路から声がしたので、行ってみるとこの者が迷っていたのだ。お前の知り合いか」
「ああ、ありがとう。兄さん」
グラドが目でうながすと、グレイシアは、マニアとティオの方に駆け寄り、隠れるようにして、二人の後ろに回った。
「じゃあ・・・」
ティオは、グラドの横を通り過ぎていった。マニアとグレイシアは慌てて、ティオについていった。
「・・・何なの、あの二人・・・?」マニアはグレイシアに囁いた。
「・・・実は、ルシファル様を含め、ティオ様はあまりご兄弟と仲がよくないのです・・・」
「でも、それの決定打は、ルシファル様が、アマリア様をうたがったのが原因で・・・ アマリア様がティオール様の婚約者というのは話しましたよね?」
頷く。ティオールはグレイシアに任せることにしたようだ。口は挟まず、ただ歩いている。
「実は、アマリア様は、あなたと同じ、異世界から来た人だからです」
「!!!」 マニアはただただ、びっくりするしかなかった。どうしてこんなに、びっくりしなきゃいけないのか。
「びっくりしたのは私の方です。また異世界から、しかも、そのまま姿を写し取ったような人が、現れたのですから・・・」
「ともかく、ルシファル様は、アマリア様を疑いました。異世界から来た人で、しかも、ティオール様がアマリア様に好意を抱いているとわかると、ますます警戒し始めたのです」
「そのルシファル様の警戒心は、どこからともなく、下の者達にも伝わりました。一番過剰に反応したのは、メイドたちです。 そして・・・、アマリア様は、いじめに会い・・・そして・・・」
グレイシアは言葉を詰まらせた。そして、そのまま地にうずくまった。
マニアは、グレイシアに駆け寄った。「もういい、わかったわ、ありがとう・・・」
「何かの因果なんだろうな…」
ずっと黙ったままだったティオがそう呟いた。それはきっと誰でもない、自分に言った言葉なのだろう。グレイシアとマニアは二人、静かに立ち上がって彼の背に続く。
「さ、行くか」
―ティオールは、そのアマリア様に似ていたから助けて、あんなに親切にしてくれたんだろうな…。
マニアは思う。ただの異邦人ならばどうなっていたか、または他の人に発見されていたならば…想像を越える。
「っいた」
激しい頭痛が襲ったのは丁度その時だった。
「マニア、大丈夫か?」
グレイシアも心配そうにマニアを見る。
「大丈夫。行きましょう…」
やや納得のいかない顔をしながらもティオはまた歩き始めた。星が出口を照らしていた。マニアはあんなに輝く星を久しぶりに見た。
―”死ぬな、アマリア――俺を置いていくな”――。あの頭痛とともに再びあの声が聞えた。
ふりははらうように、グレイシアの手をしっかりに握って、外への一歩を踏み出した。












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