L.O.S [8]翌朝。三人は宿を後にした。 「もうちょっといたかったな・・・」マニアはボソッとつぶやいた。 「テメエ、昨日あれだけ図書館でさわいでおきながら・・・」 ティオはマニアを睨みつけた。もし漫画なら、顔に血管が浮き出ている。 「で、でも、グレイシアちゃんだってそう思ってるわよ!ね!」 まさか、というそぶりで、ティオがグレイシアを見ると、まんざらでもない。 「・・・、ご、ごめんなさい・・・」 「全く、呑気だな・・・」ティオはため息をついた。 「ま、まっ、それだけアンタの宿選びが良かったってことじゃない!」 「・・・もっと安いところにすればよかったな・・・」 「お前が昨日言った通り、今日はこの本の著者の居所を探すことだな」 ティオは昨日の分厚い本を、コンコンとたたいた。 「そしたら、また図書館に行ったほうがいいわけ・・・?」 「・・・それじゃあ効率が悪い。何かいい方法はないか?」 三人は頭を抱えるしかなかった。その時誰かがマニアの肩をたたいた。 「お困りですか?あなた方」 「えーと…」 なんと言っていいのか分からないままマニアは戸惑った。急に肩をたたかれ見知らぬ人に話しかけられたのだ。 「あの、確かに困っているのですが…あなたは?」 グレイシアがおそるおそる尋ねる。男は人のよさそうな笑顔で言った。 「わたしはただのしがない探偵ですよ、お嬢さん」 「・・・探偵か、確かに人数が増えて、情報集めには有利だがな・・・」 「いいじゃないですか。雇いましょうよ」グレイシアは探偵に賛成した。 だが、ティオはまだ、探偵を警戒しているようだ。 明るい茶色の髪に、黒い目。体は細長く、年齢は30ほどのようだ。 服装はシャツに黒いズボンと、特に変わったところはないようだが・・・。 「まあ、王子様、そう固くならずに。私は、城の者じゃあないですよ」 「!!!」 三人は探偵と名乗る男に、さらに視線を注いだ。ティオは、城を出て以来、執事の変装をしているのだ。 「ちょっと、そんなに驚かないで下さい。さっき言った通り、私は探偵なんでね。探偵の情報網を、なめてもらっちゃ困ります」 男は笑って、そう言った。 厄介な男に目をつけられてしまったと、ティオは思ったがそんなことはおくびにも出さないでおいた。 「名前は?」 「マッキー・モノ・スティックです。どうぞモノ、と」 おいおいおい。マニアはなんとも言えないデジャヴを感じた。MONOにはずっとお世話になってきているのである。目の前の男も急に親近感が沸いてきた。 どうぞお見知りおきを、とモノはやうやうしく頭を下げる。反射的にマニアもお辞儀を返した。そしてそれぞれに軽く名前を紹介しあってから本題にはいった。 「――で、探偵というからには人探しは得意なんだよな?」 「ええもちろん。名前やその人物にかかわる情報を少しでももらえれば、誰でも探せますよ」 グレイシアはじっと様子をみている。こういう場は苦手そうだ。 「じゃあこの本の著者を探してくれ。それも即急に」 「へー・・・、“世界の怪事件とそれについての考察”、ですか。随分マニアックな本読むんですねえ、王子様」 「・・・ここで王子と呼ぶな。追っ手に聞かれたら気が知れない」 いつになくピリピリした声だ。マニアはそう思った。 「・・・ですね。じゃあ、うちの事務所で話しません?あそこなら、誰にも聞かれない。」 路地裏を何回も潜り抜け、あるバーの中にある地下室に、事務所はあった。 そこでは、机や資料の山、そして探偵たちが、せわしなく動いている。 「うちはね、公ではないけど、結構名の知れた探偵屋でね。結構信頼、置かれてるんですよ」 モノはそれらを潜り抜けながら、三人に話した。 「全国に、いわゆるスパイがいて、実はあなたのお城にも、忍び込ませているんです」 「何・・?!」 ティオは思わず立ち止まった。 「まあ、兵士とか、メイドなんかですけどね。結構頼りになってます」 「だから、ティオが王子だって・・・」マニアは言った。 「そ。・・・いやあ、そんな怖い顔しないでくださいよ、ティオさん。あなたの警戒心をなくす為に、言ってるんですから」 モノはティオに笑いかけた。 「さ、どうぞ。入ってください」モノはささっと、正面にあるドアを開けた。 マニア達は部屋に入った。そこはモノの書斎か何かの部屋なのだろう。だが、正直言って、さっき探偵たちがいた部屋と、あまり変わらない。全員がそう思った。 「いやあ、ごめんなさいね、汚くて」 ―だったら掃除しろよ―、これまた全員そう思った。 「で、ここからが本題。私は、まずあなた達に、重要なことを隠しています」 モノは、紙の山に埋もれている、イスらしき物に座った。 「実は、ルシファル王子から、あなたの捜索願いを、依頼されてるんですよ」 「なんだと!」ティオはどこからともなく、剣を取り出した。 「きゃあっ!!」グレイシアが叫び声をあげて、マニアの後ろに縮こまった。 マニアは叫びはしなかったものの、足がすくんでしまった。あれは、 真剣だ。まちがいない。 「最初からおかしいとは思っていたんだ。やはり、そちら側の人間だったのだな!」 モノはあきれ顔になった。 「だからあ、そんな敵意むき出しにしないでくださいよ。どれもこれも、あなたと契約を交わしたいから、本当のことを言ってるんですよ」 「俺はおまえを信用しないし、契約などしない」 ティオはそう言い放った。 マニアもそれには同意だ。100%の信頼をもてない限り、うかつに契約など結ばないほうがいいし、さっさとここを離れるべきだ。 「まったく、困ったなぁ」 言葉とは裏腹にモノの顔はいたって変化などなかった。どの口からそんな言葉が出てきたんだ、である。 「いいんですか?―」まるで脅しかけるように、獲物を逃さぬ狩人のように。モノはいってのけた。 「――著者を見つけたいのでしょう?それに、わたしなら色々なことを知っていますよ。あなたたちよりも、ずっとずっと」 ―――こういう仲間も必要でしょう? グレイシアが震えていた。マニアはぎゅっと抱きしめる。 「お前が信用できるということを、そしてアイツに寝返らないと、どう証明できる?」 「じゃあ、こういうのはどうですか?あなた方が私にずっとついて、悪事をしないように見張っている、というのは」 「そんな面倒くさいこと、できるか」 ティオは隙もなく言った。 「でも、どこの探偵事務所も、同じだと思いますよ。ルシファル王子は、片っ端に依頼をしているようですから」 「・・・」ティオは言葉を詰まらせた。確かに、あの男はそういう奴だ。 モノは茶目っ気たっぷりに言った。 「それに、私がいれば、直に情報を知ることができますからね。便利でしょ?」 マニアも頭をめぐらせていた。モノのいうことは、もっともかもしれない。 今、彼と契約をかわさなければ、情報をもらされて、自分達はおじゃん、になるかもしれない可能性もあるのだ。 ティオもしばらく思案したあげく、返答を返した。 「よし・・・、いいだろう。契約する」 モノはにやりと笑った。「・・・ありがとうございます、ではこの契約書にサインを」 ティオはペンを滑らせながら、モノに話しかけた。 「・・・なぜそこまで、俺達と契約する事にこだわった?向こうについた方が、報酬はよっぽどいいものを・・・」 「・・・王子様。私は金で動くタイプじゃありませんよ。興味主義でね。ここを開いたのも、面白い事件に出会うため」 モノは楽しそうに言った。 「それに、私鬼ごっこは、逃げる方が好きなんです」 ―ろくなやつがいる世界じゃないな…。マニアは遠い目をしながら思った。グレイシアは例外だが、他に常識的な人間がいないことに改めてため息をつきたくなった。 「契約はした。早速、著者を探しだせ」 薄気味のわるい笑みを浮かべてモノはいう。「では、少々お待ちを」 部屋の外の近くにいた男を、ティオたち三人の奥の客室への案内役にさせてからモノはどこかへ消えていった。 「あ、あの…大丈夫ですよね?」 飲み物も出されてようやく一息ついたころ、グレイシアがやっと声を出した。 「…多分な」 ティオはそうはいうが、その顔には不信感が浮き出ていた。マニアも同様である。 「ここまできたら、もうあのモノって人とやっていくしかないわ」 「あとはモノしだいだ。しょうがない」 はぁあ、と三人のため息が重なった。 「よーし!準備できましたよー」 モノがバン、とドアをけって出てきた。コートに帽子、カバンと・・・、その姿はまるで・・・、 「・・・、寅さん・・・?」それはまさに、(モノだからなのか)寅さんの服を白と黒にしたようないでたちだった。 ―じゃなくて!!― 「モノさん・・・。もしかして・・・?」グレイシアが皆のかわりに聞いた。 「あたリ前じゃないですか!私も一緒に、旅に出るんですよ!」 「はあ!?どうして!!ここの探偵はどうなるんだ!!」ティオが叫ぶ。 「他の探偵使ったら、私が告げ口してると、皆さん思うでしょう?いいんです。経営はもう、私なしでも回ってますし、必要な資料だけ持って行きます」 「・・・・・・」もう、誰も何も言わなかった。 ―ここまで潔い人も、始めて見たわ・・・。―マニアは感動してしまった。 「さあ、探偵の基本は、情報集め!まず原点に戻りましょう!」 モノはあっけらかんとしている三人を尻目に、入り口へ向かっていった。 「さ、何をもたもたしているのです?」 ―え、ちょっとまって。もう調べ終わったんじゃなかったの?―マニアは唖然としていた。 「まったく…予想がつかない男だ」ティオはもうどうにでもなれというように、つったつマニアの腕をとって入り口へ向かって歩き始めた。 マニアの隣からグレイシアがちょこちょことついていく。 「ささ、早く早く」 モノが陽気に三人をせかす。寅さんモードのモノは少年のように無邪気だった。さすが興味主義というべきか…。 ―パーティーメンバーは四人か。まるでゲームをプレイしているような感覚にマニアは陥っていた。 「もうしょうがない。行くしかないわね!」 「はい」 「そうだな」 入り口の外へ踏み出す。目指すは著者の情報収集。太陽の光が眩しくて思わず目を細めた。 ←back/next→(novel top) (c)amazu&mizuki 2007 |