L.O.S
 [13]






「悪いねえ、それじゃあ、一緒に行かせてもらうよ」
――馬鹿め。エマニエルはどす黒い幸福でいっぱいになった。やはりこの女、能無しのようだ。
他は、小さくて気の弱そうな子供と、細長くて、いかにも力のなさそうな優男だ。
―こんなんじゃ盾にもならないね―エマニエルは気持ちが高ぶった。金はもう、貰ったも同然だ。となると、警戒するのは―、
王子だけだ。先ほどから鋭い視線を向けるティオを見て、エマニエルは思った。
馬車が山の麓に近づいてきた。一行は、荷物を下ろして、降りる準備をした。
「ありがとうございます」馬車の運転手は代金を受け取ると、もと来た道を戻っていった。
「わあ・・・」マニアは思わずつぶやく。
目の前に広がるのは、大きな岩々の転がる急斜面から、草や木が生い茂る、薄暗い森だった。
「地図によると、道があるようですね。まずはそこを探しましょう」モノが地図を片手に言った。
「ここからが難所ね・・・」マニアは決意を込めた。
***
道はすぐに見つかった。一行はエマニエルこと老女もつれていくため、ゆるやかな坂道の道を選んだ。
「悪いねぇ」申し訳ない顔をしながら、内心ニタニタのエマニエルは言う。彼女は「わしはルイーゼ」と名乗った。
3つほどあった道の一番時間がかかるその道は、傾斜は緩いが大変歩きづらい。
一時間ほどしたところで、マニアは一人ぜぇぜぇと苦しそうに息を吐いていた。
ちなみにグレイシアは顔色が変わっていない上に、楽しそうである。ルイーゼはその老いた体には似合わず楽々といった様子で歩いていた。
「…マニア、お前…。実は結構年くってるだろう?何歳だ?100歳こえてるのか?」
「―っ!うるっさい馬鹿王子」
いうと苦しそうに咳き込んだ。他四名は苦笑していた。
「王子・・・、とな?」老婆が疑問系で聞いてきた。
「!!!」4人は今更だが気づいた。ずっとマニアが馬鹿王子、アホ王子と言ったいたので、老婆に言われるまで気づかなかった。
「・・・だってえ、この人王子って呼べって言うんですもの」マニアが冷静に、ひそかに復讐をこめていった。
「お前!!何言ってんだ!!俺がいつ王子って・・!」
「あらあ!覚えてないの?始めてあった時、偉そうな顔して、“別に、王子とよんでくれてもかまわない”っていったじゃない!」
マニアはためらいもせず、嘘をでっち上げた。当の王子ことティオは、場所が場所なため、反論できない。怒りで顔を、真っ赤にしている。
ふふ、いい気味よ!!
「まま、二人が出会った時、何があったかは知りませんが・・・、あんまりしゃべると、つかれますよ」
モノが子供をなだめる感じで言った。
マニアはティオを無視して、体に鞭打って歩き始めた。横目で見ると、ティオはまだ赤ら顔だ。マニアは、大人気なく喜んだ。
「若いっていいねぇ」―エマニエルは内心げらげら笑っていた。顔が引きつってしょうがない。正真正銘のこの国の王子を手玉にとるとは!
「さて、と。そろそろ休憩しましょうか」
モノは少しだけ平坦になっている場所を見つけて指差した。
「ふ、ふう…やっと休憩…」マニアはすでに喉がカラカラだ。
「お茶は一口な」
「ケチ王子」マニアがぶーたれてティオ睨んだ。−人がない体力をフル出動させているっていうのに!
「マニアさん、しょうがないです…」グレイシアが宥めるようにいう。グレイシアにかかるとぐうの音もでないマニアだった。
「ところで、お前達はどこへいくつもりなんだい?」
エマニエルは情報収集に入った。―まずは簡単な会話からが、エマニエルの基本収集方法だ―
「ええ、ちょっと調べることがあって・・・」マニアが言葉を切ると、モノが割って入った。
「山の頂上近くに、グールズという、村があるのをご存知ですか?あそこの住民を、調べに行くんです」
―女がまた、ボロを出すのを制したか。エマニエルは、心の中で舌打ちをしながらも、少し一行の茶番を楽しんでいた。
「ああ、あそこの住民は変わっているというからね・・・。でも、こんなに皆でぞろぞろ行くのは、どういうこったい?」エマニエルは試すように聞いた。
「僕らは、興味本位で動いてますからね。それが集まって、動いてるだけですよ」
モノが上手くかわす。
「俺は別に、こいつらの護衛として、ついてきただけだ」ティオがらしく、演技をする。
「ほお・・・、このちっちゃい子も、そんなのかえ?」エマニエルは、グレイシアの頭をなでた。
「その子は、私の妹なの。どうしてもついてくって、利かなくて・・・・」マニアもそれらしく答えた。一応これでも作家だ。嘘を考えることには長けている。
「・・・だって、マニアさんがいないなんて・・・」グレイシアはすっとうつむいた。よし、上手いぞ!
「ほら、お姉ちゃんって呼びなさいって言ったでしょう?全く、変な所こだわるんだから・・・」
―・・・上手くのらりくらりかわすね。エマニエルは苛立ってきた。
「ところで、最近第三王子が城を飛び出して、それを第一王子が探してるって噂を聞いたことがあるかい?」エマニエルはそうきいた。揺さぶりをかけるしかないと思った。
「初めて聞きました」モノがそういった。
「詳しく教えてくれないか?」
ティオが極めて真剣な顔でルイーゼに問う。
―いけないいけない、余計な情報を与えたら、面倒くさいね。
「いや、わしが知ってるのはそれだけさ。馬車に乗っている途中でちょいと聞いたのでねぇ、お前さんたちなら何か知ってるかと思ってさ」
・・・フン、イマイチだね。エマニエルは、思ったよりも、情報がとれないのに、腹立たしかった。
・・・まあいいさ。ついていく口実なら、いくらでもある。エマニエルは腰を上げた。
「さあ、行くかね。もう、休憩は、充分じゃろう?」
「え・・・、ルイーゼさん、もうちょっと休憩しない?」マニアが慌てて言う。
「若いのに、体力がないのう」ルイーゼは笑った。
「お前、こんなお年寄りでも体力があるのに、若い女の皮でもかぶってるんじゃないか?」
ティオは馬鹿にした顔をする。
「偉そうな口利かないでくれる?本当の王子じゃないんだから」
マニアは再び、状況を上手く利用した。
ティオの顔が再び赤くなるのを見て、エマニエルも、思わずふき出しそうになった。
―しばらく、コイツらの茶番を楽しむとしよう。
***
「危なっかしいぞ。本当に」ティオは一番後方で、モノと話し合っていた。
「・・・ですね。ちゃんと事前に、偽りの設定を決めておかなかったのは、失敗でしたね」
「これからは、誰に会うにしろ、用心しなければいけません」モノが真面目な顔をして言った。
「そうだな、・・・なあ、あの婆さん、さっきからやけに、俺達のこと知りたがってないか?」ティ尾が聞く。
「奇遇ですね。私もそう思います」モノがニヤリと笑った。
「まあ、用心するに、こしたことはないですよ・・・」


「ふぇ…ふぇっ……ぶぇっくしゅん!」
五人は薄い毛布に包まりながら薪を囲んで夜を越そうとしていた。今夜もまた当然、野宿である。
所々休憩を挟みながら一行は山頂まで到達していた。当然、寒い。ウィスク山は年中を通して雪も降らず、尚且つ季節は夏なので凍えながらも頼りないたび道具一式で夜が越せるのであった。ルイーゼも用意していたが、似たようなボロ道具ばかりだった。
「大丈夫ですか…?」
「う、ううんん大丈夫びょ…。だ、多分。それにじても…さ、さささ寒いわね。グデイジアじゃんも気をつけで、ね…」声まで凍えたように、震えていた。
「マニア…」鍛えてあるのか平気そうなティオが同情的な視線をよこす。が、マニアには反論する元気もなかった。
「おや?鬼林檎は持ってきてないのかい?」ルイーゼは不思議そうに呟いた。
マニアを除く三人ははっとした。―それを忘れていた!―三人は長旅を、ましてや山登りをすることが全くといっていいほどなかったので、頭から抜け落ちていた。
「ぶえっくしゅんっ!!!!…だんですか?…ぞ、ぞの鬼林檎っで…」
ただの林檎なら知っていたが、鬼林檎とは始めて聞く。マニアは興味がわいて、ふと聞いた。
「おや、知らないのかいっ!?」返ってきた反応は、ルイーゼの大きく見開かれた瞳と、驚いた声だった。
ティオとモノはしまったと顔を見合わせた。鬼林檎を知らない者など、この国にはいるはずがないし、おかしいのだ!!!
「鬼林檎ってぇのは、この国の特産物さ。長持ちするし、小さくて持ち運びも楽だ。食べると体があったかくなるんでねぇ、よく寒い夜やこういった旅に持っていかれるんだよ」
―これは大きな情報だ!
このマニアって女、この国の者じゃないね。王子に対してのふてぶてしい態度、こりゃ、異界から来たね―!!!エマニエルは内心ニタニタ笑いが止まらなかった。こりゃとんだ落とし穴だったね、ティオール王子や。
「まあ、お前はタスク国から来たからな。知らないかもしれないな」ティオはフォローを入れたが、内心は、血管が切れそうだった。
この馬鹿女!!!
「?」マニアは何も気づいていない。鼻をたらして、いかにも間抜けな顔をしている。
一方、モノは、何か神妙な顔をしていた。傍目にはわからないかもしれないが、ルイーゼの方を、よく見ている。
その時、ルイーゼは、ローブの袖から、何か出していた。試験管のような入れ物に、白い玉が入っている。
「なんですか?それ」モノがおもむろに聞いた。
「ああ、これね。最近間接が痛むから、これを飲んでるんだよ。まったく、年ってのはやだねえ」ルイーゼは水筒を取り出し、薬を 水とともに飲み込んだ。
「へえ・・・」モノはつぶやいた。


皆が寝静まったあと、エマニエルは、ゆっくりと起き出した。
―もっと、情報はないものかね。少し、あさるとするか―
まずエマニエルは、隣にいた、モノのカバンに目をつけた。鍵穴がついている。だが、エマニエルには無意味だ。
エマニエルが何かつぶやき、指を動かすと、モノの懐から、鍵が出てきた。
エマニエルは、それをつかー、
「!?」
モノの右手が、エマニエルのその手をつかんでいた。
モノは、不気味なほどににこやかに笑って、起き上がった。
「こんな夜中まで起きているなんて、どうしたんです?ルイーザさん」












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