L.O.S [16]「くぅっ・・・!」マニアは沸点に達しそうになっていたが、一旦、冷静になった。 ここでこの爺の挑発に乗るから、また馬鹿にされるんだわ。ここは嫌味の一つでもいってやりましょう。 「ねえ、そうやって人を馬鹿にして、何で自分は質問しないの?ひょっとして、自分の研究に自信がないんじゃないかしら?それとも、ビジターの研究なんて、本当はしてないんじゃないの?」 「マニア・・・っ!」ティオは思わず叫んだ。 マニアにしてはよくやった・・・、ではなくて、ケイージャを刺激すれば、どうなるかわからないからだ。 当のケイージャはというと・・・、効果テキメンだ。なんとか怒りを押し殺そうとしているが、目がつりあがって、隠し通せていない。 ―何よ。自分だって、結構負けず嫌いなんじゃないの―マニアは、形勢逆転という風に、ケイージャを生意気な目で見上げた。 「そうか・・・、そこまでいうか、女。ならば、お前が向こうの世界にいた時のことを、話してもらおうじゃないか」 ―どうしよう…。一気にマニアが不利になった。 記憶を探れば探るほど、元の世界での記憶が少ないのがよく分かる。そのまえに、私の名前は何だ?−マニア・コスプレではないはずだ。 「え…と、その…」 「なんじゃ、無いのか何も?」 その言葉に、グレイシアやモノ、ティオが顔を曇らせた。―そこまで進行しているとは。 「ないわけじゃ、無いわ…私はあの世界で、作家だった」 「で?」 「それで…、えと私は女です。…じゃなくて、えーと、えーとえーとと…」 「ふうむ…」 ―もう言うしかないと思った。 「正直にいうと、もうそれくらいしか無いです。どんどんこの世界に溶け込んでます。…だから、話せません」 四人はもう絶望的な気分に陥った。 「ふうむ」 そのとき、ケイージャが笑った。ちょっと不気味だった。 「よし、合格じゃ。お前はビジターじゃよ。その間抜けっぷりといい、記憶といい、こちらへきて数日たったビジターと同じじゃ」 「ついておいで」ケイージャは窓からひっこむと、そこからすぐに、入り口のドアから出てきた。その速さに、こちらがびっくりするほどだ。B 四人はあっけにとられながら、後をついていった。 「なにこれえ・・・」 ケイージャの家は、外見はツタがはっていて、多少陰気ながらもちゃんとした家だった。 だが、中はありとあらゆる機械が唸りを上げ、得体の知れない動きをしている。 「わしは、ひとつの事だけ研究していられるほど、気長でないんでの」ケイージャは髭の下で笑った。 「だから、どうしたってこうなるんじゃよ」 ケイージャの家は、外見はツタがはっていて、多少陰気ながらもちゃんとした家だった。 だが、中はありとあらゆる機械が唸りを上げ、得体の知れない動きをしている。 「わしは、ひとつの事だけ研究していられるほど、気長でないんでの」ケイージャは髭の下で笑った。 「だから、どうしたってこうなるんじゃよ」 ケイージャは鼻歌を歌いながら、スキップしていった。モノ以外の三人は、半ば呆れ顔だ。 「僕は分かりますね。あの人の気持ち」モノは、いとおしそうな目で、ケイージャを見た。 まあそうかもしれないわね、マニアは半分納得がいった。種類が違うとはいえど、モノの好奇心は、ケイージャに劣らないかもしれない。 機械の間間の、道なき道を進むと、1つの普通の木の扉に行きあたった。 「さあ、ここじゃ」 ケイージャが扉を開けると、そこはー、 「うわあ・・・」 そこは壁中が本棚だった。天井が見えないほど、本棚が上へ上へと連なっている。その円柱型の小さな部屋には、中央に机があるのと、はしごがひとつ、かけられていた。 「ま、適当なところに座ってくれ」 「げ」 そういうとケイージャに思いきりマニアは睨まれた。―椅子はなし? 「あの…椅子とかは?」グレイシアが恐る恐る言った。マニアの代弁をしてくれたのだ。 「ない」 そしてケイージャは机から椅子をひき、悠々と座り、四人はあまり大きくは無いその部屋にぎゅうぎゅう詰めになりながら彼の前に座った。 「……なんか、説経されてるみたい…」マニアがぼそりと呟いた。完全にケイージャに見下ろされる形となっているのだ。 「黙れ。さもなくば、このまま追い返が、いいのかの」 ―このクソ爺ぃ…!!! 隣に座るティオに軽く背中を叩かれた。しぶしぶ、怒りを納める。 「さて、本題じゃ」 待ってましたとばかりに、四人は視線で先を促す。 「この女の記憶がなぜ消えるのか、これまでの研究でだいたい察しておる」 「じゃあ、その理由というのは・・・」モノがめずらしく、身を乗り出して聞く。 「まあそう、慌てるでない、男2」 「はい・・・」 男2・・・どうやらモノのことらしい。何だこの男は。番号で人を覚えるのか!? マニアがいらだち始めたので、ティオは軽く肘打ちをくらわせた。 「まず、ビジターは向こうの世界から、こちらの世界へやってくる」 ケイージャは、わらじのような靴をすらして、歩き出した。そして、マニアにむかうと、ずっ、と顔を近づけた。 「じゃが、お前さんは、どうやってこちら側の世界へ来たか、覚えとるかね?」 ―!!!―マニアはいきなり、真髄をつかれたような感じだった。どうやってきたか・・・?・・・やはり、覚えていない。それにしても、どうしてこんな当たり前のこと、思い浮かばなかったのだろう? ケイージャは笑った(少なくとも、そういう風に見えた)。 「覚えてなくて当然じゃ。なにしろ、アンタは自分のことすら、よく覚えていないし、他のビジター達もそうじゃった」 ケイージャはマニアから離れると、再び、机の方に戻った。 「そう、わしはそう考えて、どうやってビジターがここに来るかを、突き止めたくなった」 「そして、ある仮説にいたったのじゃよ」ケイージャは、机の中から、何かを取り出している。 「わしらの世界と向こう側の世界は、紙一重じゃ。そして、その境界を穴が―、世界の口が、移動していると!」 ケイージャが一枚の紙を机に置いた。一行が立ち上がって見てみると―、 「・・・ぶ」 ケイージャが世界の口といったそれは―、なんと言うか―、とても、マヌケ面だった。 「……ね…ねぇ?こんなんでいいわけっっ??」 マニアは震えながらもどうにか言葉にした。回りの反応をみると、自分と同じようだ。 皆同様にわなわなと震え、笑いを隠している。いや、少しも隠れてなどいなかった。 「―――わしも、これには納得がいかないが…」 それぞれの視線が世界の口に注がれる。それはどこまでもマヌケで、冗談としかいえなかった。 石造りのレンガが円を描き、中心に目と口と鼻らしきものがある。 そして、その鼻からは― 「なんで…鼻、毛…」ティオが顔を歪ませながら言う。笑いたくてしょうがないのか鼻がひくひくしていた。 それもまた、しょうがなかった。鼻らしき場所からは二本の矢印がにょきりと出ているのだ。 「鼻毛じゃない…筈じゃ。わしの見解では、それが繋がる世界と世界を決めているのだ。目が完全に開かれたとき、口が開く」 「そんな、まさかあ」 「わしかてそう思ったわい!じゃが、これが数十年の研究の結果じゃ。これが事実。」 ―それじゃあ、それじゃあわたし…。 マニアはぞっとした。 「わたし、あの口に吸い込まれたの!?」 ああ…なんて滑稽な…。 「………人生、経験じゃ」 「……気を落とさないでください」 「…ま、まぁ…こういうことも、あるさ、な?」 「……大丈夫ですよ」 何処が大丈夫なんですか、モノさん…! しかし四種四様で哀れみの目を向けられては何もいえなかった。 「あ、あのう。気になったんですが、なぜビジターの数が増えているんですか…?」 仲間の笑いがまだ冷めない中で、マニアがケイージャに問いかけた。 「うむ、ここまでの研究を持ってしても、まだそこまでには、たどりつかないのじゃ・・・。実際に、目が開く所を見れれば、何か分かるかもしれんが・・・。」 ―目が開く所・・・―想像したくなくても、想像してしまう。 「そもそも、次元の口は、場所や、時間さえもを移動するから、会うことさえかなわないのじゃ。これも、わしの仮定の図なのじゃが・・・」 ―お前が描いたのかよ!!―もう4人は、いつ爆発してもおかしくない、爆弾のようだった。 ―鼻毛・・・時計・・・口に吸い込まれる・・・!― 最初に爆発したのは、ティオだった。 「ダメだ!!もう耐え切れねえ!!マニア、お前これにっ・・・、すいこまれっ・・!・・・っぶ!」 それからは、もう大声で笑うしかなかった。およそ王子とは思えない有様だ。 次に爆発したのは、モノだった。 「・・・っ!マ、マニアさ・・・ごめんなさ、ヒッ!」 モノはちぢこまって、しゃくりあげるような声で笑っていた。 最後にはグレイシアも笑いだし、マニアは一人、ぽかんとするしかなかった。 「ちょっと、いくらなんでも、そんなに笑わなくたって・・・!」 マニアはこの―、世界の口に吸い込まれたということで、少しカルチャーショックで冷めていたがー、 ふと、その世界の口の絵に、目がいってしまった。 「!!!」 もう遅かった。マニアは再び笑いがこみあげた。 マニア一行全滅。後は全員腹筋が痛くなり、酸欠になるまで、笑い転げるしかなかった。 「・・・まったく、つくづく単細胞な奴らじゃのう!」 「ケジィ、話は終わった?」 しばらくして、四人も落ち着いた頃のことだった。小部屋に顔を覗かせたのは70半ばくらいの優しそうな女性だった。 「おう、リジー。大体おわったんじゃないかのう。まったく、こいつらわしの絵を見て笑いおったのじゃ」 バテている四人をちらりとみて言う。四人はケイージャの方…絵のある方には決して目を向けまいと誓ったようだ。彼の嫌味に体をびくりとさせただけだった。 リジーは机に置かれた、その世界の口の絵を見て、あら、といった表情になった。 「こえは・・・、ふふふ、ケジィ、これはだれでも笑うわよ」 さっきの四人とは全く違う、上品な笑いだった。ケイージャはますます、むすっとした表情になる。 「なんだね、君まで!!」 「だってえ・・・、ねえ?」 リジーが一行にむかって笑いかけてきた。とても癒される。骨を抜かれたような四人は、はい、という風に、うなずくしかなかった。 「もう、お昼も近いでしょう?どうです、うちで食べて行きませんか?」 「リジー、君がこんな奴等に・・・」 ケイージャが言いかけると、リジーはケイージャの方にふり返った。すると、ケイージャの顔から、血の気が引き、いきなり態度が変わった。 「まあ・・・、リジーがいうなら・・・、仕方ないな・・・」 ―あーら、尻に引かれてるのね・・・―マニアはやっとはっきりしてきた意識で、そう思った。 「おいしい…」 「すごい、おしいです」 女二人が感動していると、リジーがふわりと笑った。 「そう?嬉しいわ」 用意された昼食は、家庭の料理といったかんじで羊の乳から作ったバターとパン、そして鶏を使ったであろうスープ、薬草のサラダなど、健康に良さそうなものばかりだった。 この所ろくなものを食べず、野宿だった四人には有難いものであった。 「自然のなかで暮らすっていいなぁ」 「確かにな」 「憧れます…!」 「いい環境ですね」 窓からは太陽がさし、開け放たれたそこからは小鳥の囀りが聞こえる。ここを不快に思うものなど、そうそういないだろう。 「そうじゃろう」 ケイージャは初対面のときと同じく、どこまでもふてぶてしく偉そうな態度で言う。すっかり慣れたのかマニアもかちんとくることはなくなった。 「ふふふ、そう?でも近くには私たち二人しかいないから、時々寂しいのよ」 「なんとなくわかります…」グレイシアがいった。 「でもわからないことがひとつある」 「ああ…」マニアもぴんときて、にたにたと笑った。これは是非知りたい。 り「リジーさん、よくこんなじじ…ケイージャさんと結婚しましたねぇ・・」 リジーが合点といった様子で笑った。 「みんな聞くわ。いいわ、なぜかを教えてあげる」 「これでも私、この人の才能を認めてるのよ。それでなかったら、家をあんな風になんか、させないわ」 あー、確かにね・・・。あの機械の多さを考えると、皆納得いった。よほどの理由がなければ、家をあんな風にさせないはずである。 a「私は、この人の仕事をしている所に、ほれこんだの。今でも、一生懸命仕事をしている彼は、格好いいと思っているから」 ケイージャは、皆から顔をそらしている。ここまで妻に愛されているなんて、ケイージャも幸せ者だ。 「本当は、部屋もきれいにして、周りも人でにぎやかな所に、すみたかったんだけど」 ますます、ケイージャは顔をうつむかせた。やはり、多少うしろめたさはあるのだ。 「いいですね・・・。理想の奥さんですね!リジーさんって」マニアが言った。 「あら、そう言っていただけるなんて、うれしいわ」リジーは微笑んだ。 その時、巨大な声が、その場にいた六人の耳を、つんざいた。 「ケイージャ・スラトルよ、我等はヴェザール城からの使者だ!今すぐ、ティオール王子と、マニア・コスプレを、こちらに引き渡せ!」 「・・・!」ケイージャとリジーが驚いた顔で、一行を見た。 「くそっ!こんな突然に・・・!」ティオは舌打ちをした。 「探しましたよ」 その男はいった。直属である証の王族直属の管轄である、太陽の紋章をつけている。 彼の名は、エミル・ハウスト。30という若さで将軍に上り詰めたエリートだった。その強さは、あの ティオールの兄であるグランに継ぐといわれる。 一行は完全に軍の者によって囲まれた。すでに回避する策はない。 「ティオール王子、そしてマニア・コスプレ。城への帰還命令が出ております。またあなた方二名もご同行、願いますね」 エミルは微笑をも見せているが、有無をいわせない。 ふう…といってティオはマニアたちと顔を見合わせて、しょうがないというように首を振った。 エミル相手ではもう、逃げようが無いのだ。 「使者だかなんだか知らんが、ひとの家に勝手にはいりこむというのは、納得いかんの」 ケイージャがいつもの調子で喧嘩を売った。 「あなた・・・!」リジーが慌てて制止する。 あちらは王族直轄の将軍なのだ。なにをされるか、たまったものではない。 「・・・、その点は、こちら側も悪いと思っています。どうかお許し願いたい」 エミルは礼儀正しく謝った。普通、偉そうにするのに。初めて会った兵隊さえ、そうだったのだから。マニアはこんな大変な時に、そんな事を思っていた。 エミルの髪の毛は銀色で、肩にかからないくらいに切りそろえてある。体つきは、軍人というだけあって、たくましそうだ。 そして、瞳の色は―、燃えるように、赤かった。 「まあ、結構だ」それでも、ケイージャは不機嫌そうに、えらばって言った。 ・・・この爺最後まで・・・。マニアも最後までケイージャにいらだっていた。 「・・・わかった、拘束するなり、好きにしろ」ティオは歯がゆい顔をしながら、渋々承諾した。 次々に一行は、兵隊に腕を縛られた。完璧に逃げられない。 「では、御同行いただこう」 一団は、スラトル家を後にした。リジーは心配そうに、ケイージャはなお不機嫌そうに、4人が連れて行かれるのを見つめていた。 ←back/next→(novel top) (c)amazu&mizuki 2007 |