L.O.S
 [19]






ルシファルは、上目遣いにティオを見て笑った。まるで悪魔のようだ。さっきと同一人物とは思えない。
「その話はもう聞きたくない。お前に指図などされて、たまるものか!!」
ティオは立ち上がり、入り口の方へと歩いていった。
「俺の事は俺がやる。お前の指図など受けない!!」
ティオがドアノブに手をかけた瞬間、後ろからルシファルの腕が伸びてきて、ドアを押さえた。
「まだ話は終わっていないぞ?お前は、まだ勘違いしているみたいだ」
ティオは後ろを振り向いた。ルシファルはさっきの笑みを、顔に浮かべたままだ。
ティオは自分の兄でもあるその男に、言い知れぬ恐怖を感じた。何なんだコイツは―?
「あの女がアマリアと同一人物であるのも、もう感づいているんだろう?なあ、ティオ」
「・・・」ティオは何も言い返さなかった。
「全く、せっかく俺が向こうに送り返してやったのに・・・、お前はまた首をつっこんだんだな」
突然、ルシファルがティオの首根っこをつかんだ。
「・・・!」
「そうやって、尚、あの女と関わりあおうとするなら、あの女の首を切るぞ」
まるで別人がとりついたかのように、ルシファルは低い声で言った。
「ルシファル…貴様…!!」
掠れた声でティオは目の前の男を睨み上げた。
何故あの女がいい、ただの凡庸な女だ。お前になど相応しくないし、この世界にも相応しくない」
「……お前には、一生分からない」
「ああ、わからないとも」
「…すべて貴様が仕組んだことか」
ルシファルが歪んだ笑みを浮かべる―さぞ、愉快だと言う様に
「―すべて?」
「ああ、全て。そもそも何故アマリアが生きている―あいつは死んだはずだ。俺はそれを見たはずだ」
「そうだ、死んださあの女はな。まぁ正確に言えば死んだと見せられただけさ――全く恐ろしい女だよ、またこの世界にやってくるなんて」
ティオは怒りが込み上げていくのを感じていた。−こいつがアマリアを……!
「じゃあやっぱりあいつは、マニアは、アマリアなんだな……!?」
ルシファルはにたりと笑った。
「さあ――、俺が言わなくてももう分かりきったことだろう?あの女の無類の苺好き。くくく……!今度は見せかけの死じゃない。なぁ、ティオ。今この間にあの女は殺されているだろうなぁ――」
ルシファルはにたにたと開け放たれた扉を見ていた。愉快でしょうがない。あの女は殺すように手配してあったのだ。すぐに彼の手を振り切って飛び出した愛しい弟を思う。


――ティオ、お兄ちゃんはお前のためにやっているんだぞ


「くっ・・・っ!」何か熱い、そして冷たいものが、同時に湧き上がってくる。
ティオは足に魔法をかけ、廊下を走っていった。全てが後ろへと流れていく。
ルシファルの部屋は8階だ。そして、マニアのいる牢屋は地下。間に合うかどうかもわからない。
「・・・死ぬな・・・!マニア!!」
地下室についた。ティオは看守をつかまえて、脅迫した。
「いえ!!マニアはどこだ!!」
「おっ、おやめください!!ティオール王子!!言いますので!!」
ティオが突きつけた剣を放すと、看守は言いずらそうに口を割った。
「・・・、マニア・コスプレは・・・、その、地下三階に絞首室に・・・」
「もう・・・、処刑は・・・・・・。終わったかと・・・」
ティオは、激しい恐怖にかられた。また襲ってくる。あの、何かを失った時の―、喪失感が―。
ティオはしばらく動かなかった。看守がばつが悪そうに、心配してティオを見つめていた。
どれくらい経っただろうか。ルシファルが、向こうから歩いてきた。
「全く、昔からよく走るな、お前は―
次の瞬間、ルシファルの首にはティオールの剣が突きつけられていた。ティオールの目が、赤く、血走っている。



「貴様、今度こそ、殺してやる!!!」
ティオの声が地下室に轟く。看守達が、慌ててティオを抑えた。
「おやめください!ティオール王子!」
「やめるものか!!死んでいなかったのではないかと知って、俺がどんなに救われたかお前にはわかるまい!!あの時の誰かを失った時の気持ちも!お前にわかるものか!!」
ティオールの瞳から涙が溢れ出した。ティオールは嗚咽を交えながら、話し続ける。
「それをまた・・・、俺に二度もこんな気分を味あわせて・・・、貴様はどこまで俺の気持ちを弄べば気が済む!?」
ティオは剣を握りなおして、再びルシファルに向かおうとした。ルシファルは不気味な笑みを浮かべている。看守たちが必死で、ティオを押さえつける。
「おやめください!!ティオール王子!!おやめください!!」
「そうだ、ティオール。お前ががこんな奴のために、罪を犯すな」
ルシファルの後ろから、足音が聞こえてきた。ルシファルがふり返ると―、
「・・・グラド!!」
「ティオール、冷静になれ。あの女は、生きているぞ」
ティオの動きが、途端に止んだ。ルシファルの顔から、笑みが消える。
「・・・なんだと!?」
「私が逃がしたのだ。ルシファル、お前の最近の言動には、目に余るものがある。私は、今日から軍の同士と共に、ヴェザール国から独立することにした」
「な、なんだと?!」
ルシファルが半ば発狂気味にグラドに問いかけた。
「―王族は最早腐りきっている。そう、寝たきりだった王を魔法を使って操っているお前を筆頭にな」
「お前、父上まで!!!」―殺してしまいたい、が堪えた。アマリア…マニアが無事ならいい。
「お前の悪行はすべて知っている。他の王族連中のもな。この国のために、お前らは一掃せねばならない」
「何をいうグラド!そんなことをしていいと思っているのか?反逆罪だぞ」
「構わない。私はレジスタンスを起こし、お前たちに罪の断罪を求める――ティオ、お前はどうする」
グラドはティオに顔を向け、そう聞いた。ティオは即答する。
「俺も仲間に入れさせてもらおう」
「テ、ティオ…?お前、お兄ちゃんを裏切るのか?そんなわけないよなあ?昔からお前はおにいちゃん子だったんだ…!!…お兄ちゃんを裏切らないよなあ…!?なあティオ」
なおもティオに懇願するその男をティオは「黙れ」と一喝する。ルシファルのあの歪んだ笑みも今は恐怖に歪んでいる。
「―――俺は、お前を許しはしない」
ひ、と言ってルシファルは立ち退いた。―あのティオが…あのティオが…!可愛いティオが…!!!ああ、まさか…僕を裏切るなんて…!!
「グラド兄さん、マニアたちは」
崩れ落ちるルシファルを尻目に、ティオはグラドに聞いた。
「こっちだ――あの女は本当に、運の強い女だな」
「肝心なことに――本人に記憶がないんだがな」



苦笑しながら二人の男はその場を後にした。そこには放心している看守と、「ティオ…可愛いティオ…」と空ろに呟くルシファルが残された。










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