L.O.S
 [20]






「それで、マニアは何処に」
二人は地上へと向かう階段を上がっていた。
「ああ、レジスタンスの本部にいる。エルパスの郊外の外れだ」
―エルパス、ウェザールの首都。
「―そうか、感謝する…」
「いいや。それにしてもまだ記憶が戻らないようだな。アマリアとマニアが同一人物であることは確かなのだが」
「全部あいつがやったことだった…でも、俺は確かにあいつが死んでるのを見たんだ…」
「メイドで処刑判決を受けたセレスを知っているな。あいつが毒としてアマリアに盛らされたのは、毒ではなく強力な催眠薬だったのだ。ご丁寧に、1週間は仮死状態になるな」
「そうだったのか…」
ティオは苦渋の顔を浮かべる。
「狡猾なやつだ。そしてあいつは世界の口にアマリアを放り込んだ―そういう訳だ」
「だけど…世界の口は10年に一度開くだけ、と本に書いてあったはずだ…」
ああ…とグラドはため息をつく。
「あいつは無理やりこじ開けたんだ、口を。私が推測するに―あくまで推測の域だが、だから再びアマリアが戻ってきたのではないか?」
「あいつは16才でこの世界に来て、19才で仮死。ここに来たのが俺が見るに…22〜3歳程だ。だが、あいつが死んで―いや、死んでないが。1年ほどしか立っていない」
「どこの世界でも時の流れが同じとは限らない。世界の口は気まぐれときているから私には確かなことは分からないが…」
「…いや、もうアマリアが生きていただけで、俺はいい」
「そうか、よかったな」
「ああ―…」
ティオは城外に出て、レジスタンス本部へ向かって歩き、そして空を見上げた。―美しすぎる空。
「俺はアマリアを死なせてしまったと思った。だから記憶をなくしマニアと名乗ったあいつにはもう俺のことで事件に巻き込ませたくなかった…そして元の世界に帰らせてやろうと思った…あいつが望むなら、世界の口を見つける協力をしようと思う。おれはあいつが生きているだけで、もう十分だ―」
グラドはわずかに微笑んだ。
「何を言っている、返したくなどないくせに。ビジターについての研究において、ビジターの元の世界での記憶は消えているという。もうマニアの記憶もないだろう。アマリアとしての記憶も消えてしまったが―。また、一からやり直せばいい。私はこの国を一からやり直すつもりだ。100%不可能ではないことを諦めるな」
ティオも笑みを浮かべた。さっぱりとした、何かが吹っ切れたような横顔。
「そうだな。あいつ、前はもっと大人しかったのに、いまじゃとんだじゃじゃ馬だー苦労するが、それも悪くない」
本部が見えてきた。二人は無言でそこを目指して歩いた。


ルシファルは、震えながら、カーテンの奥の方を見つめていた。
白塗りの壁の部屋は明るいはずだが、ルシファルには、暗く、重く映る。
「殺せなかったのか?」
奥からかすれた声が聞こえた。
「・・・はい・・・」
ルシファルはおびえた声で、返事をする。
「・・・全く、いつになったら、お前は使い物になるんだ?あの変装女といい、使えない奴ばかりだな・・・」
カーテンの記事が厚いせいか、奥は明かりがあっても透けては見えない。しかしそれが一層、ルシファルを恐怖に駆り立てた。
すると、カーテンの奥から、手以外をすっぽりと白い布でおおわれた人間が、数人出てきた。
ルシファルは逃げようとした。だが、体が動かない。白い布の人間の一人が、骨と皮しかないような指を、ルシファルの眉間に当てた。
「一体これを何回食らえば、お前は、ちゃんと働いてくれるのかね?」
ルシファルは震えるばかりであった。ただ、搾り出すように声を上げた。
「・・・いやです・・・、やめてください、それ・・・だけは・・・」
白布の一人が、カーテンの向こうに振り向いた。男はすかさず言う。
「かまわん、やれ」
「それを、くらえば・・・、私は・・・、何・・・か」
その途端、ルシファルは叫び声を上げ、気を失った。


「ええっ、何でティオがいるの!?」
城を出て、ティオが一番最初に聞いたマニアの言葉が、これだ。
「・・・、テメエ・・・。人に心配どれだけかけたのか、わかってんのか・・・?」
感動の再開はまたの夢、ティオの感情は逆転、はらわたが煮えくり返りそうだった。
「だってぇ、あのブラコンお兄さんに、捕まってるかと思って」
グラドは内心びっくりを通りこして、感動の域に達していた。―顔は同じとはいえ、同一人物とは信じがたいな・・・―
モノとグレイシアは、二人の悪口合戦を見ながら、呑気に笑っていた。
「・・・よかったです・・・。ティオール王子が無事で・・・」
グレイシアが目をうるませながら言った。
「本当に、助かってよかったですよ」モノも口をそろえた。
「・・・、ほらな、この二人がこう言っているのに、お前はどうだ?」
「悪かったわよ!こっちだってずっと心配してたんだからね!?」
「何が心配してただ!?ほんとに心配してたら、『ええっ、何でティオがいるの!?』とか言わねえよ!」
ティオがマニアのものまねをして、グレイシアが笑っているのをよそに、モノはグラドにに話しかけていた。
「それで、これからどうするつもりですか?」
「どうしたのよ、変なティオ。…それより、なんでわたしたち世界の口を目指してたんだっけ?ティオのため?」
気の抜けた顔をしながら、マニアは爆弾を投下していった。
―ついに、このときがきてしまったのだ。
「マ、マニアさん…?もしかして・・」
グレイシアがおそるおそる尋ねる。
「マニアさん、一つ質問して良いですか。あなたはこの国の人ですか」
冷静にそうモノはいう。マニアはきょとん、とした顔をしたあときい、とモノを睨みつけた。
「ちょっと、国民じゃなかったらなんなの?」
「じゃあ。お前がビジターだっていったら、どうする」
「なにそれ?三人してわたしを馬鹿にしてる?ビジター?違うわよ」
相変わらず空気の読めないマニアは一人で怒り始めた。がグラドを含む四人は重たい空気を出していた。
「まさか・・・、ここまで進行しているとは・・・」
ティオはつぶやいた。そこまで症状が深刻化しているとは、誰も思っても見なかった。
「・・・何よ、何なのよ?」さすがのマニアも感づき、不安そうに問いかける。
4人は目で合図をし、マニアにこれまでの事を、マニアが忘れてしまった事を、全て話した。
「・・・そんな・・・私が?嘘でしょ?」
マニアが人事のように、つぶやく。
「・・・本当に、何も、思い出せないんですか・・・?」
グレイシアは静かに言った。
マニアは首をかしげた。皆が、絶望的な気持ちになった。
「・・・ティオール。こっちへ」
傍らで、話を聞いていたグラドがティオを呼ぶ。
ショックを隠せないティオに、グラドは話しかけた。
「・・・もうここまで忘却が進行してしまったのだ。記憶が戻る可能性も、絶望的だろう。こうなってしまっては、本当に、こちらで暮らしたほうが、幸せというものではないのか?」
「それは俺もそう思う。世界の口から元の世界に返れる保障はないからな。―…が、それは本人が決めることだ。と俺は思う」
グラドはため息をついていった。
「この様子だと、アマリアだったということすら思い出せないだろうな」
「ああ…」ティオは離れた場所にいる困惑気味にたたずむ彼女を見た。
「それはもう諦めた…どちらにしても、”アマリア”は死んでいるからな…名前が変わっても、俺の気持ちは変わらない」
「―正しくは、性格が変わってもも入るがな―…」
兄弟は僅かに笑いあう。
「この事については落ち着いてから俺からマニアに聞く。いまはこっちの方に集中しようと思う」
「ああ―それは有難い。あのモノという男は戦力になるが、明らかに他の二人は戦力外だ。―どうするつもりだ」
「ああ。それはもう考えてある―― どこか、戦火の届かない所に・・・、二人をあずけようかと、思っているんだが」
「・・・そうだな、それが一番、私もいいと思っていた」
二人が同意した時、後ろから、誰かに肩をたたかれた。
「お二人さん、本人達を置いて、会話しないでくださいよ」
モノがにっと、笑って言った。
「ちゃんとマニアさんとグレイシアちゃんに、言うつもりですよね」
二人は少し動揺しながら、向き直っていった。
「ああ、そのつもりだ。すぐに言うさ」
ティオは答えた。
「そうですか、それはよかった」
モノはそう言うと、近くにあったカバンのほこりをほろい、そして持ち上げ、出入り口のほうへ向かった。
「おいっ、どこへいくんだ!?」
ティオが思わず叫んだ。
すると、モノはきょとんとした顔でふり向き、こともなげに言った。
「あれえ、私、レジスタンス運動に協力するなんて、一言も言ってませんけど」
ティオとグラドは、唖然とした。
「・・・お前・・・、何ッ」
「最初に言ったでしょう、ティオさん。私は、好奇心で動く男だって。マニアさんがああなってしまった以上、もう“世界の口”ともお目にかかれないわけだし。それに私は、この国の行く末にも、興味がありませんしね」
モノは帽子を深くかぶり直し、ドアを開けた。


「それでは―、あなた方に、幸あることを願います」










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