L.O.S
 [22]






どこか浮かない顔で食事をしているマニアがいる一方、――王宮、地下牢。
「……次は必ず…っぐはっ…!」
女はすでに精神的にも体力的にもボロボロだった。朦朧とした意識を必死に保っている。きっと意識がなくなったら最後、待つのは死だと、本能が告げているから。
「大した情報も取れずに、このカスが。元仲間がいて、変装もなにもばれたなんて、―落ちたな」
女の血痕が暗がりの牢屋に散らばっている。女はうめきながら、浅い息をくりかえしその床で横たわっていた。
「……うう"っ」
形容しがたい音が響き、女は喚きの声を上げた。足が、足が痛い…。男が固いブーツの裏に女の足を押し付けていた。
「――まったく、使えない女だな」
「…はぁ・・はぁはぁ…っ…今度は、ちゃんと…。殺さないでください…殺さないで下さい……申し訳ございませんでした……う"……エ、エミルさま……」
懇願する女に顔を顰め、エミルが女のみぞおちを思いっきり蹴る。
「っ」
エミルはしゃがみこむと、その女の髪を掴みとり、そして耳元で呟いた。凍りつくような、凍てつく声で。
「―――最後のチャンスをやろう。失敗した場合は、わかってるよなぁ……?――なぁ、エマニエル」





エマニエルは、プレデントの街中を、駆けずり回っていた。
「チッ・・・。相変わらずだよ、あの男は・・・。ここまでボロボロにしやがって」
エマニエルはまだ懲りない様子で、不気味な青い液体のはいった瓶をがぶ飲みしていた。
まあいいさ・・・。報酬も弾むことだ。エマニエルは舌なめずりをした。それに、今回は何だって、命がかかってるんだ。
「相変わらずは貴方でしょう?」すると、上から声が降ってきた。
・・・この声は・・・!
エマニエルはさっとそちら側を見た。それはまぎれもない、昔の相棒だった。
「!!」
エマニエルは駆け出した。だが、モノを巻くほどのスピードは出ない。自分がよく分かっている。
「そう、逃げないでくださいよ」
気がついたときには、モノに腕をつかまれていた。
「このクソ野郎!!」
エマニエルは手をふりほどこうとするが、無理だ。モノはにこにこしながら、ものすごい力でエマニエルの手を握っている。
「お前にだけは、邪魔をされたくなかったのに!!何せ、あたしの命がかかってるんだからね!!」
「エミルさんに、その命を握られてるんですか?」
モノは笑ったままそう言った。
「そこまでレジスタンスに知られているのか!?」
その時、エマニエルの懐から、なにか銀色の物が飛び出してきた。
その銀色の切っ先が、モノの腕に、ぐさりと突き刺さった。
「っ!!」
モノは思わず手を放した。エマニエルはモノから飛びのき、小刀はエマニエルの手に、もどっていった。
「こうなったら・・・、もう手段は選ばないよ。モノ、アンタには死んでもらう」
「・・・っ、全く、人の話は最後まで聞きなさいよ・・・。あなた、交渉が下手になってませんか・・・?」
モノは、傷口からあふれ出す血を片腕で抑えながら、尚も笑っている。
「・・・馬鹿にするなっ!!」
エマニエルは、モノの喉元すんでのところに、小刀を飛ばした。
「あのねえ・・・。私、レジスタンスには参加してないんですよ・・・?貴方の敵でも、なんでもないんですよ・・・」
「・・・本当か?」
今だ警戒しながらも、エマニエルは、少し期待を持って聞いた。
「信じるかどうかは・・・・、貴方しだいです・・・」
さすがに辛いのか、モノは息を荒がせいる。
「・・・なんで、レジスタンスを抜け出した」
「・・・一言で言うと・・・、興味がなくなったんですよ・・・」
エマニエルは鼻で笑った。
「お前も変わらないな。二言目には、興味興味だ」
「あなたも・・・、二言目には、金、金でしょう」
お互い、鼻先で笑いあった。エマニエルは、笑いながら、モノに問いかけた。
「どうだ・・・?あたしはもう一度、アンタと組んでもいいよ」





「ティオ、そろそろ行くぞ」
賑やかなレジスタンスの食卓。その一方で活気のない朝食をすごしていた一行に、グラドが近づいた。
「ああ…」
残っていたサラダを急いで口に入れたあと、ティオは立ち上がった。
「あ、ちょっと待ってよ…わたしたちはどうなるの」
グラドがそれを聞いてわずかに眉を上げた。
「ティオ…お前まだいってなかったのか」
「あ・・・悪い。マニア、グレイシア。お前たちには安全なところに避難していてもらう」
「どこに?」
「ここからそう遠くない、孤児院だ。シスター・オリビアに話は通してある」
「兵を何人かつけるから、それを食べた後向かってくれ」
「・・・何あれ・・・、確かに、私達は戦力外だけどさあ・・・」
「私達のことを、心配しているんですよ、ティオさんは・・・」
そういうグレイシアも、何だか浮かない顔をしている。
「言いたかないけど・・・、このまま会えなくなるってことも、あるのよね・・・」
グレイシアが悲しげな目で、マニアを見た。マニア自身も、口に出した瞬間、胸の内が重くなるような感じもした。
ティオは食事を終えて、とっくに席を立っている。
「私、ティオの所へ行ってくる」
マニアは朝食を残して、立ち上がった。 しばらくしてティオは、家の小さな中庭の、椅子に座っていた。
「なにさ、ライオンヘアーもつっこまないなんて」
マニアは中庭に出て行った。ティオがちらりと、マニアを見る。
「朝食は済んだのか」
「少しくらいいいでしょ、しばらく会えなくなるんだから」
マニアも、近くの椅子に腰掛ける。
「・・・全く、お前の能天気さには、頭が上がるな」
ティオは、少し寂しそうだったが、笑って言った。
マニアは、いつものように苛立たなかった。それどころか、少しほっとした。これでこそティオだ。
「・・・なあ、マニア」
ティオはつぶやいた。
「俺は・・・、お前が生きているだけで、いいと思っていたのに・・・、またこんなことで落ち込んでいる」
「自分でも、・・・弱すぎて、あきれるくらいだ」
「なにいってるのよ…あなたはいつも、強いわ」
マニアから出たその言葉は、自分でも驚くくらいに優しい声だった。
「あなた、いつも私の傍に居てくれた。いまは、わたしが、あなたの傍に居たい」
そういった瞬間、何かが弾けた。
―――わたしはわたしを忘れてたんだ
「―…アマリアか?」
「……わたし、アマリア…そう、アマリアだった…」
どうして忘れてしまっていたんだろう。涙が溢れてきた。ティオがマニア―アマリアを抱きしめる。
「思い出したんだな」
「ええ……、ごめんなさい…」
二人が”死に別れる”以前のようだった。アマリアはティオに微笑みかけ、ティオはそれを優しく包む。
「――で、もちろん私も連れて行ってくれるでしょ?」
そう言い切った彼女はまさにマニアだった。どうやら彼女はアマリアとマニアの半々な性格になったらしい。
こて、とティオが脱力した。
「お前・・・、連れて行けるわけないだろう!?」ティオはあきれ半分に言った。
すると、マニアは少し、しゅんとした顔になっていった。
「・・・わかったわ・・・。でも、街から追い出すことないでしょう!!」
・・・逆ギレかよ!!ティオにさっきの気分は、一欠けらもなくなった。
「お前、俺はお前が傷つくことないようにとだなあ!!」
「でも、死ぬかもしれないんでしょう!?そっちの方が傷つくわよ!!」
マニアの口から、つい本音が出た。マニアはハッとし、ティオも、顔色が変わった。
「・・・じゃあ、絶対に、俺は死なない。そう約束する」
ティオは真顔で言った。
「・・・本当よ!?やぶったら・・・、殺すから!!」
そういった途端マニアの目から、とめどなく涙があふれでてきた。
・・・死んだら殺せないだろう・・・。ティオは心中そう思いながら、マニアを優しく抱いた。
「・・・一時はどうなるかと思ったが・・・、まあ、よかったな」
グラドが柱の影からつぶやいた。
「・・・ですね。やっぱり、喧嘩するほど仲がいいんですよ」
グレイシアも、隣でそう言った。
子供のように泣きじゃくるマニアに、ティオは、よしよしと、頭を撫でていた。
「――約束」
「ああ」
まるで幼い子供のように二人は小指と小指で、約束をした。
「―よかった…。あの二人に、本当に幸せになってほしかったんです…」
「そうだな、”あの頃”を知ってる者はみんな思っているだろうよ」
デガガメをしている二人がのほほんと会話をしていた頃、ティオが突然ぎょろっと二人を見た。
どうやら、気づかれていたらしい。
「…とりあえず、ティオも元に戻ったし、一件落着だな…」
「…お邪魔しちゃ悪いし、行きましょうか…」
そそくさと二人はその場を去った。  










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