L.O.S
 [23]






―一方、モノとエマニエル
「……何故、王族側につくのか教えてもらえないことには、決断できませんねぇ…」
組んでもいい、というエマニエルにモノはそう聞いた。
「・・・理由なんか、わかっているくせに」
エマニエルは皮肉めいた笑いで言った。
「金ですか・・・」
モノは半ばあきれ口調だった。
「王族のごたごたは・・・、残念ながら、興味が―
小刀がとっさに刃を向いたので、モノは瞬時に交わした。
「アンタねえ、選ぶ権利なんてないんだよ?今アンタは、あたしに命握られてんだから」
確かに、今のモノは刀を向けられ、片腕からも、血が止まることはない。
「・・・全くあなたって人は・・・」
モノはその時、瞬時に何かをつぶやいた。
「!!」
エマニエルが気づいた時には、遅かった。モノから青白い煙が出て、視界がさえぎれれる。
そして、モノの片手には刃が、エマニエルに向けられていた。
「まさか・・・、私が魔法使えるってこと、忘れてたんじゃないでしょうね?」
エマニエルは舌打ちをした。
「お前・・・」
モノは、血の流れている腕を見ると、「神光」とつぶやいた。すると傷口からまばゆい光が放たれ、傷口がふさがった。
「それに・・・」
モノは、エマニエルの右腰あたりを触った。やっぱり。何か埋め込まれている。
「金なんか出ないですよ?あなたをとことん利用して、切り捨てるつもりだ、向こうは」
モノはエマニエルの耳元に小さく囁いた。
「どうですか・・・?こっちから切り捨てる方法、教えますよ」
「…どうする気だ、モノ?」
エマニエルは悠然と構える目の前の男に問いかけた。共同戦線をはると決めた今、今後の行動をどうするか決めなくてはいけない。
「それはもちろん、」
「もちろん?」
「城に乗り込むでしょう」
―ほんとうにこの男は時々安易なこという。
「…わかった…あんたに任せるよ。でもこのままじゃあすぐにバレてあの世逝きだよ」
「わかってますよ。…さてと、変装です。変装。あなたの得意分野でしょう。私は兵士に、そしてあなたはメイドです。もちろん王族付きのね―変装はあなたに任せて、魔法は私が」
二人の力をあわせればあっさりと城に乗り込むことが出来た。エマニエルの変装技術と、モノの魔法で彼らが侵入者であることに気づくものはまだ居ない。 





「こんな日が来るなんてな」
ティオはなんとも言えない気持ちでいっぱいだった。何にせよ、生まれてからずっと過ごしてきた城とこの様に向き合う日が来るとは夢にも思わなかった。
これでいいのだ、という気持ちと、裏切りのような気分と。――あの男は今頃どうしているのだろう。
「乗り込むぞ」
グラドの声にティオも顔を引き締めた。
「―ああ、国のために」





“レジスタンス軍勢は、2週間後に、城への奇襲突撃を開始する、とのことです”
シスターオリビアは、マニアに向かって、そう告げた。
今日がー、その、二週間後。マニアはカーテンを開け、窓の外を見た。
子供達が朝早くから、元気に中庭をかけ回っている。その仲に、グレイシアも混じっていた。
まさかこんなに奇襲攻撃が早いとは、グレイシアも、そして敵側も、思ってみなかったことだろう。
やっと新しい環境になれる頃なのだ、グレイシアには、黙っていよう―。そう心に誓っていた。
―怖い。こうなる事はわかってはいたけれど、やはり心の奥底が痛い。
マニアがそう思いながら外を見つめていると、ロジャーが生意気な顔を、こちらに向けてきた。
「おい、イチゴ女ー、腹でも痛いのかー?」
「!!!痛くなんかないわよ!いまそっちに行ってやるから!」





敵側は、明らかに動揺していた。大臣達はうろたえ、下の者達にも、不安の色がよぎる。
レジスタンス側―グラドが戦線布告をしてから、約三週間。レジスタンス側のペースの方が、明らかに進行が早かった。
警備は強化体制に入ったものの、王族側の対応が追いつかず、兵力を固めることができずにいたのだ。
「守れ!何としてでも守り通せ!」
半数の兵士がグラド側についてしまった。それを大して国に依存のない傭兵で補ったため、兵士は平気で逃げていく。
「・・・特攻隊にしては・・・、人が少ないな・・・」
グラドのことだ、これだけではないはずだ。エミルは思った。
それからまもなく、空からの奇襲攻撃がかけられた。レジスタンス側が、圧倒的に優勢だった。
「よし、進入するぞ、ティオ!!」





その頃、一人の兵士が、呑気に地下室で番をしていた。
「・・・始まったようですねえ・・・。フェルガさん」
「知ってるかい?時々あんたを殺したくなるよ」
フェルガはふりふりの大振りのレースを頭に付けて、メイドをやっていた。黒いワンピースにエプロン。トップはハート型になっている――これは一体、誰の趣味だ?
「それはそれは光栄ですね」
「嫌味な奴だ」
フェルガが階段を下りながらモノこと―ジャックに近づいていく。優男は変装しても優男。つけた皺をくしゃくしゃにして笑っていた。
「………お似合いですよ」
「茶番をやってる暇は無いんだ、その緩んだ笑みを引っ込めないと痛い目みるよ」
恐い恐い…と軽く降参の意味で手を上げるジャックをもう一度睨みつけて、フェルガは彼の近くの古臭い椅子にどっしりと腰をかけた。
「で、どうする」
「もちろん考えてありますよ。――とりあえず、あの将軍に近づきましょう。彼がキーパーソンなのですからね」
「やっぱりあんたを殺したくなるよ。あのエミルから制御装置がとれるとでも?」
「――まあまあ、策はありますよ、安心してください。あなたをみすみす見殺しには、絶対にしませんから」
ふん、とそっぽを向く。妙に照れくさい感情をどこに捨てればいいのかわからなかった。





「く、来るぅ……!」
男は震えていた。真っ青な唇は先ほどからそれしか言わない。青白い肌と浮き出た血管と。
かつ、かつ、かつと彼を地獄へ導く音が耳に届いてきた。
「ひいっっ…!」
ベットの上で体を丸めてシーツに包まりながらその男は彼が来ないようにと必死で祈った。
願いは虚しい。
「さあ、王子―あなたの、出番ですよ」
死刑宣告をされた囚人も、このような気持ちを感じるのだろうか―恐怖よりもつよい、絶望を。絶望とも付かない、虚しさを。





レジスタンス一行は、着実に、王族がいいる中心部へとせまっていった。
「・・・怪しい・・・」
グラドは小さくつぶやいた。
「何だって?兄さん」
ティオールが問いかける。
「あまりにも、物事が着々と進みすぎている・・・。いくら奇襲攻撃とはいえ、なにか変だ」
「いいじゃないか、兄さん。何事も上手く進むにこしたことないじゃないか」
ティオがグラドを説得した。
「うむ・・・。しかし、向こう側にはエミルがいる―」
グラドが言いかけたその時、前方の兵士達から断末魔が聞こえた。
「!?」
兵士達が騒がしくなってきた。しかもそれは、徐々に広がっていく。ティオはその中に、とてつもない魔力の圧を感じた。
「・・・まさか・・・!」 ついに、前の護衛の兵士が切り倒された。

「・・・ルシファル・・・!」
その純白のコートは赤く染まり、長い金髪が軽く揺れた。兄は微動だにせず、黙って弟達を見据えている。
「ルシファル・・・、お前は―」
ティオが言いかけた途端、ルシファルは問答無用で切りかかってきた。
間一髪グラドがティオールを抱き、その一撃を交わした。ルシファルはゆっくりと床から剣を引き抜く。その藍い眼は、冷酷に標的を見据えた。
「ルシファル、やめろ!お前は人に剣を向けるような人間だったか!」
グラドの叫びも虚しく、ルシファルはただ執拗に、二人を斬りつけようとする。
「・・・ルシファル・・・」
グラドの目に始めて、悲しみの色が見えた。
「・・・もう無駄だよ、兄さん」
ティオは静かに言った。
「兄貴は、もう兄貴じゃない。悪魔に魂を売ったんだ」
ティオはそう言うと、刃の切っ先をルシファルに向け、走った。
「…ごぼっ!」
ルシファルの体がまるでスローモーションのように倒れていく。
血が噴出して、すぐに吹き溜まりが出来始めた。
一人の人間が死ぬには、呆気なさ過ぎる。それも運命といえば聞こえがいいのかもしれない。
「兄さん…、悪い」
二人には彼を追悼する時間がなかった。今彼に対しての感情を認めてしまう余裕はなかった。




彼らが角に消えた後、ルシファルの遺体はジュワジュワと音を立て始めた。
それは魔力が消えていく音だった。
ルシファルの顔が変形していく―そこから現れたのは全く別の人間であった。
「悪い…ティオ、グラド……」
どこからともなくか細い声が聞こえ、そして消えた。











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