Land of Spiral [27] 「よろこばない、よな……」 心のおくから溢れてくる涙を拭おうともせずに、ティオはただそういった。復讐は何もよばない。 ルシファルは、戻らない。 「また、一からはじめるんだ」 グラドがティオの肩をたたき、呟く。 「うん…兄さん…。なんでだろう。いまなら、きっと前よりも良くなるきがすんだ……」 「ああ、わたしもだ」 グラドはケイージャを見、うなずいた。ケイージャも了解とばかりに頷きかえす。 ルシファルにロボットの手がのびて、その体の中へ消えていった。 「わしは記憶を消す作業にはいる。終わったらわしの家まで迎えにきてくれ」 「わかった」 「兄さんを、頼む…」 ケイージャは任せておけ、と笑った。そしてそのままロボットを操り扉の奥へ消えていった。 彼らと入れ替わりに、ケイージャが呼んだのであろう兵士がはいってきてエミルを連れて行った。 「…俺は一生あいつを許せないと思う…」 ティオはぽつりと言った。グラドはただ、頷いた。 「あいつの生い立ちは王族の罪だ…だが、あいつのしたことは許されない。わたしたちにできるのはただ…二度とこの様なことがないように、するだけだ。復讐は復讐しかよばない。わたしたちは事実を受け入れよう。すべて悪いことなわけではない、すべてが悪いことばかりではない…」 「うん…。…だけど、まだ終わっちゃいないんだな」 「ああ、まだあいつが残っている」 二人の心はひとつだった。これからすべきことはもうひとつしかない。 「さて、わたしたちもついていかせて貰いますよ」 ずっとだんまりを決めていたモノが口を開いた。 「ちょっとまちなよ、なんであたしも入ってる」 「ああ・・・、そうでしたね」モノは思い出したように、そう呟いた。 「アタシは面倒事に、首突っ込みたくないよ。金にもならないしね」 エマニエルは無慈悲に、そう言い放った。 「ですね、契約も終わったし。・・・それじゃあ、また会う日まで」 モノがそういうと、エマニエルは何も言わずに、後来た道を戻った。 「・・・アイツ、エマニエルだろう?お前らって一体・・・」 ティオがそう言うと、モノはかすかに笑って、言った。 「別に、ただの同業者ですよ」 二人が決別した理由が、ティオールには、何となくであるが、分かる気がした。 「ここにいないとすれば・・・、王はどこにいるんだ?」グラドが言うと、モノがさらりと、懐から紙切れを出した。 「実は、独自に私も調べてみたんです。すると城の地下に、囚人室や地下水道と独立した、空間がある事がわかったんですよ」 モノが指し示した地図には、確かに、他の地下室とは違ったルートで、独立した謎の空間がある。 「多分、隠し扉か何かになっているんでしょう。私の読みでは・・・、そこが、王の隠し部屋です」 「よし、向かうぞ!」三人は立ち上がった。 「こんな場所があるなんて」 ティオの言葉に二人も頷いた。彼の鼻も赤みが引け、涙のあとはもう見あたらない。 「さすが王といえば聞こえがいいですが」 そこは先代の王たちの絵画の間だった。壁中に飾ってあるそれらを虱潰しにはずしていったあと、その扉はあった。 その扉のあった絵というのが、リリカの肖像画であったというのは、なんと皮肉なことか、それとも健気だといえばいいのか。 その重厚な黒い扉は待ってましたとばかりに、簡単に開いた。 おそらく王がわざとそうしておいたのだろう。 狭い配管のような通路をしばらく歩いた後、そこはあった。 「よく来たなあ、我が息子達よ」 地下だというのに、壁を白塗りにした、とても明るい部屋だった。 それと同じ、全身を白いヴェールで覆われた人々が、入り口の傍で待ち構える。 「息子と呼ぶな。ヴェザール」グラドは重たい声で言った。 「お前など、俺の父親ではない!!」ティオも、その白いカーテンの向こうに叫ぶ。 「何を言っておるんだ、ティオール。・・・お前達がなんと言おうと、私はお前達の父親に変わりはない」 カーテンの向こうから、その声の主が現れた。まぎれもない、ヴェザール王だ。 ヴェザール王は、その白い床に残る、赤い血痕を踏みしめながら、こちらへ来た。ティオールが剣をむけると、白衣達はそれを制しようとしたが、ヴェザールは止めた。 「・・・かまわん」 ヴェザール王はなお、こちらへ向かってきた。 「お前達がここへやってきたとすると・・・、エミルはやられたわけか」 フッと、王は笑いを浮かべた。 「それは残念だな・・・。アイツがお前達をしとめた暁には・・・、王子として、後継者としてやろうと思ったのに」 「!!知っていたのか!?アイツが自分の息子だということを!」 「・・・ああ、そうだ。だが、このくらいの力では・・・。やはり、私の息子とはいえん。でもグラド、ティオール―」 「人の執念や野望は、最も強い力を生むのだよ」 「・・・貴様!」 ティオールは王に向かっていった。だが、その次にはヴェザール王は消え、気がつけば後ろに立っていた。 「そこの所を・・・、お前達はよく判っていない」 「何をっ」 気づけばウェザール王によってティオの腕は固定されていた。剣が床におち、音を立てる。 「放せっ!」 「ふん、小僧が。わたしが憎いか、殺したいか!!」 もう老齢であるはずの彼の手はティオの腕を千切れんばかりに握り締めていた。 ティオが横にいるはずのグラドとモノをみると彼もまた、白衣のもの達によって身動きの自由が奪われていた。 本来ならばグラドの力をもってすれば彼らを太刀打ちすることは容易であるはずなのに、やはりエミルに刺された傷の治癒がケイージャの薬をもってしても、追いつかないようだ。 「お前があの女を失って、絶望する姿には楽しませてもらったよ。グラド、お前もな。―権力というものは素晴らしいぞぉ。何だってできる。人一人の人生を狂わせるなんて、くしゃみをするより簡単だ」 「このぉ!」 「もちろん、嫌がる女を召し上げることも容易だ。リリカもその一人。哀れな女よ、お前を産んで自殺しおった―」 「…何だと」 にやり、と王が笑う。狂っている。目が逝っていた。 「なに、病死だとでも思っておったのか?やさしい頭よの。ビジターは珍しいからさぞかしわしを楽しませてくれると思ったのにのぉ…この世界にあっけなく溶け込んだ。しかも何も覚えていないと言いたまのう」 「ただ、おまえが楽しみのために母も、エミルの母親も、そしてリリカ様も―お前の犠牲になったというのか!わたしたちをも操って」 「ふん―この世はつまらないと、思わないかね」 そういった王の横顔はいままで見てきたどんな顔よりも疲れ果てていた。―一瞬、だけであったが。 「この王国など―、お前らにくれてやるわ。私にはもう余り時間がない。だから、ティオール、グラド」 「お前達の体、どちらかを、私に置いていけ!!少なくともお前達よりは、上手く使ってやれるぞ」 グラドが叫んだ。「この欲にまみれた男が!!人の心をこれだけ弄んでも足りず、ついには命まで欲するか!!」 王は鼻で笑い、白衣達に合図を送った。白衣の、グラドをつかむ手が、肉に食い込み、グラドはうなり声を上げる。 「馬鹿な男だな―。お前の命は、私の手の内にあるのだぞ?さて、どちらの体の方が、使い勝手がいいかな」 その時、鳥の鳴くような高い声が、部屋に響き渡った。見ると、白衣が腕を押さえて、苦しがっている。 「モノ!!」 「―王様、あなたは素晴らしい人ですね・・・。こんな希少種を城の仲に飼って」 モノは笑って言った。モノの右手からは、煙のようなもが、漂っている。 「・・・ほう。知っているのかね。物知りだな、君は」 「どうも、ありがとうございます」モノはそういうと、指先から赤い炎をほとばしらせ、白衣達の手を焼いた。 白衣達は、不気味な叫びを上げ、次々に倒れていく。 「何なんだ・・・?その魔法は・・・」グラドが、白衣達から開放された。 「別に、ただの炎熱系の攻撃魔法ですよ」モノはにやりと笑う。 「でも、これが弱点なんです。この人たちは、闇に住んで、闇を食う。ダーキィケストと言うんです。魔力はとてつもないけれど、ひとつだけ弱点がある。それは光です。光を浴びれば、たちどころに死んでしまう。多分、手だけに光を浴びないよう、何か塗ってあったんでしょう」 ダーキィケストは、白い布だけを残し、シュウシュウと音を立てて、消えていった。 「・・・本当に物知りだね。モノ君とやら。私も、その手の種族に、興味があるんだよ」 「・・・!まさか、貴様・・・」ティオはヴェザールを睨んだ。 「そうだ、私はこういう種族を集めて、面白いことをしようと思ってるんだよ」 「…なんてやつだ」 「ほう、褒め言葉と受け取ろうかのう。面白いとは思わぬか?彼らは我々とはちがう生き物。近づいて確かめてどんなものかを知りたいとは思わぬか」 「彼らだって人間だ」グラドはぴしゃりと言う。―やはりこの男の頭は完全に、狂っている。 「いいや、違うな。彼らは面白い。人間はつまらぬ。下らぬことを並べて、人に勝手に期待しては、駄目だとため息をつく。自らでは何もしなくせに、他人は何かしてくれる、与えてくれると無条件に思っておる。なんと馬鹿げた生き物」 「……それでこそ、人間だろう」 「ふん、尼が。偽善者ぶるな、お前は何も知らぬ」 「じゃあ、お前は何を知っているといいたいんだ!」ティオは叫んだ。 「知っている?ああ知っているとも。哀れな人の人生をの」 「哀れなのはお前だ」 「恩知らずが。わしはお前らのつまらん人生を楽しませてやっておるのだ。憎しみがあるこそ人は強くなる。権力があれば使いたくなる。愛せば愛すほどに堕ちていく。わしはそれらを導いているだけじゃ、幸せだけじゃ、つまらないだろう?」 「……歪んでる」 「物分りの悪い奴じゃのう。…もう知らぬ。勝手に死ねばよい。まぁ―妥協すれば変わりはいくらでもいる」 王は自分のポケットから何かをとりだし、それを思いきり壊した。一瞬にしてあたりは闇に包まれ、自分の存在さえ目では捉えられない。 三人は何が起こっているのかを判断するだけで一杯一杯だった。 ←back/next→(novel top) (c)amazu&mizuki 2007 |